戦後の飢えしのぐため…味がない「電気パン」

忘れぬ感覚 体験者の証言から(3)

 空き紙パックを利用して記者が作った「パン」。白くて四角に出来上がり、頬張ると、もちっとした食感と甘みが口に広がる。何となく蒸しパンのような…。そんな記者の感想をよそに一緒に食べた長崎市の被爆者、森口貢さん(83)は苦笑いした。「こんなにおいしいもんじゃなかった」

 「電気パン」。こう呼ばれたパンは、戦後の飢えをしのぐため、当時8歳の森口さん一家だけでなくどの家庭でも作られたという。

 紙パックによる「電気パン」作りは、森口さんに尋ねて記者が当時をまねたもの。手順はこうだ。小麦粉を水に溶き重曹を混ぜ、内側に銅板が付いた木箱(紙パックで代用)に流し込む。銅板に電気を通せば、熱で小麦粉などが膨らむ-。

 戦後の食糧不足は深刻だったという。一家もわずかな配給では足りず、森口さんは一日に何度も裏山に足を運び、食べられる野草を探し回った。「常に空腹で、頭の中はどうやって腹を満たすかばかり。ヨモギが見つかれば上等だった」

 ある時は、海岸に漂着した海藻をつぶして団子状にしたものが売られた。大勢が購入し、母親もせっかく買ってきたが「臭くて食えたものじゃなかった」。

 そんな当時の「電気パン」は、実は食感がべちゃべちゃ。配給品の小麦粉は未精製なので外見は黒い。砂糖などは当然なく、甘みを出そうと森口さんはカボチャも混ぜたが味はしなかった。それでも「食べないよりずっとましだった」。

 いま修学旅行生などに被爆体験を講話する森口さん。自らの少年時代、いかにひもじかったかを話すときもある。ひとたび戦禍になれば尊い生命が奪われ、生き延びるのに必要な食べ物もなくなることを伝える。

 飢えの苦しみと、味のない「パン」。忘れてはならない。

 (華山哲幸)

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