あの日、何を報じたか1945/8/31【「一億総懺悔」で築け新日本】西日本新聞の紙面から

 〈首相宮は「一億総懺悔をすることがわが国の再建の第一歩である」と語られた。まことに敗戦は敗戦の理由あってのことであり軍、官、民を通じ国民のひとりひとりは今こそ深く深く自らを省みねばならぬ。その深き反省と懺悔の上にこそ新日本は育つのである。言論報道機関もまた多くの反省すべきものがあるが、ここに各方面における反省の声を聴こう〉

 8月17日に内閣総理大臣に就任した東久邇宮稔彦王は28日、内閣記者団との会見で〈「この際私は軍、官、民、国民全体が徹底的に反省し懺悔しなければならないと思う。一億総懺悔をすることがわが国の再建の第一歩であり、わが国内団結の第一歩と信ずる」〉(30日付紙面から)と語った。

 31日の記事では、この「一億総懺悔」の言葉を受けて▽農村▽家庭▽工場▽科学▽官吏-の五つについて、関係者に取材して聞いたとみられる「反省点」がつづられている。

 農村については〈福岡県一農民の談〉として〈時々「百姓はこすい」という非難を耳にして憤慨したが、静かに反省してみるとなるほどその言葉が当たっている点を発見できて恥ずかしい。(中略)敗戦の責任はわれわれ農民の背に重く負わされねばならないと思う〉

 家庭については〈福岡市平尾町一主婦の談〉として〈女性教育の内容の貧しさが、この戦いを契機にまざまざと現れてきたことを感じる。料理、裁縫、掃除の方法を習うことが女子教育でないということ、つまり今までの花嫁学校ではこれからの日本を背負い立つことはできないということを痛感させられた。(中略)私どもは敗戦の責任は主婦にあったと心の底から懺悔している〉

 工場については〈北九州某産業人の談〉として〈生産管理の十分行き届いていると思われる重要工場でも工員の科学教育は皆無というありさまで、依然として徒弟教育に類する口授と見習い制度に終始している(中略)不合理が数多く存在し、それを勇敢にわれわれが突破し得なかったことが大きな敗因の一つでもある〉

 科学については〈九大某教授の談〉として〈研究技術のみがあって生産技術がなかった(中略)日本の新兵器はいわば特攻機のみであった。しかも必死の特攻機を使わねばならなかったということは科学の敗北を意味するものであり、科学者全員が深く慚愧し、今後精進せねばならぬ〉

 官吏については〈九州地方総監府某氏談〉として〈権力をかさに民衆を見下し(中略)余りに独善主義であった。役人個人は何も特別偉いのではない。権力の後押しがあったればこそ偉そうに自惚れておられたのだ。(中略)ひとたび権力に支えられた椅子を離れんか、木から落ちた猿のごとき惨めな姿を見ても分かる〉

 被害者も加害者もない「総ざんげ」。今も解決できていない戦争責任のあいまいさの出発点ともなった。(福間慎一)

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 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

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