折尾神楽“50歳”地域に定着 疫病退散の舞 動画配信

西日本新聞 北九州版 菊地 俊哉

7人で結成、年40回超公演続け

 北九州市八幡西区折尾の神楽が50年を迎えた。もともと折尾に神楽があったわけではない。「祭りらしい祭りがない折尾に郷土芸能を」と、神楽の本場島根県出身で神楽師の家に生まれた野村砂男さん(81)が1970年に「折尾神楽保存会」を結成した。北九州の気質に合うようアレンジし、市内外の神社や祭りなどで年間40回以上の公演を続け、折尾の郷土芸能として定着させた。

 「私を含め、みんな若かった」

 50年前の5月、保存会結成でおはらいを受けた後の集合写真に、野村さんは目を細めた。メンバーの前に写る衣装は、本場で使っているものと比べると、寝間着のように薄かったという。当初は高額な大太鼓も買えなかった。

 メンバーが若かったため、神社の総代から「あんちゃんが舞うんか?」と小ばかにされたこともあった。しかし神楽を見せたら実力を認められ、謝罪されたという。野村さんは「好きなことをやってきたから、大変だったという思いはない。気がついたら50年が過ぎていた」と振り返る。

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 島根県益田市出身の野村さんは中学卒業後、建材店に就職するために折尾へ来た。職場で神楽クラブをつくり、昼は仕事を教わり、夜は神楽を教えた。70年5月、29歳のときに独立して建設会社を設立し、同時に7人で保存会を結成した。「好きな神楽を折尾に根付かせたい」。強い意志が突き動かしていた。

 「はよ、鬼を出さんかー」。気の短い観客の声が、公演で上がる。野村さんはテンポの遅いところを速くし、同じ所作は省くなど伝統芸能の基本は押さえつつ、島根の流れをくむ、新しい折尾の神楽を完成させた。評判が口コミで広がり、北九州市内をはじめ福岡市の筥崎宮、山口県の神社からも公演を依頼されるようになった。

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 発足50年を新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態宣言下で迎えた。昭和天皇の病状悪化で自粛ムードが広がった88年は、規模の縮小はあったものの公演はあった。今はまったくない。

 世間の気持ちが沈んでいるからこそ、神楽で活気づけたい。だが公演で感染を拡大させられない。ジレンマが続く。一方、そんな中だからこそできる新しい取り組みもあった。ネットでの動画配信だ。

 79年に始まった「夏越祭」は今年、中止になったが、神楽の奉納は実施した。無観客の奉納を地元の九州共立大のサークル「SDGsチャレンジアクション研究会」のメンバーが撮影、研究会のフェイスブックで公開した。

 選んだ演目は、疫病退治がテーマの「鍾馗(しょうき)」。茅の輪などを使って、病をつかさどる鬼・疫神(えきじん)を退治する演目だ。熱のこもった舞でコロナ禍の沈静化を願った。

 9月の公演はほぼキャンセル。10、11月分は未定で、先はまだ見通せない。野村さんは「楽しみにしている神楽ファンを前に舞えないのは寂しい」と話す。ファンの存在を支えに、収束後の巻き返しを期す。  (菊地俊哉)

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