【米中対立と米ソ冷戦】 出口治明さん 

西日本新聞 オピニオン面

◆異なる3要素に留意を

 米中の角逐が激しさを増している。米政府の重鎮であるポンペオ国務長官が名指しで習近平主席を非難し、これまでの対中関与政策を改めると明言した。米国は、南シナ海における領土問題は当事者国間で解決すべきだとの立場を堅持してきたが、一転して中国を批判、台湾への高官派遣に踏み切った。共和党の大統領候補に選ばれたトランプ大統領は、雇用を中国から取り戻し、コロナウイルスを世界に蔓延(まんえん)させた代償を中国に払わせるとする強硬策を大統領選公約に盛り込んだ。

 激しく反発しているものの、中国はなかなかの外交巧者で、習主席や李克強首相は自制しているようだが、誰しも「米中対立は新しいステージに入った」「新しい冷戦の時代が始まった」と勘繰りたくなるのも無理はない。

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 しかし、本当にかつての米ソ冷戦のような厳しい時代が訪れるのか。米中関係を子細に眺めて見ると、20世紀の米ソ対立時代とは異なった複雑な要素が、いくつか絡んでいることに気付く。

 第一は、米中の経済規模がほぼ匹敵していることだ。名目GDPでは差があるが、購買力平価で換算すると既に中国は米国を凌駕(りょうが)している。米ソの間には経済力格差があったが、米中は第1次世界大戦前の大英帝国とドイツ帝国のように抜きつ抜かれつの熾烈(しれつ)な争いを演じているのだ。

 戦いの場は経済規模だけではない。質的な面で、特に人工知能(AI)に象徴される先端技術や宇宙・軍事技術面での争いが激しい。米国拠点のIT企業であるGAFAと、中国拠点のBATの戦いと呼んでもいいだろう。

 第二は、このように激しく争いながらも、米中は経済や人的な交流面で分かち難く結び付いているというのが、米ソ冷戦とは決定的に異なる点だ。柳川範之東大教授が指摘するように、米中対立は、ワシントンと北京だけを見ていては分からない、むしろシリコンバレーと北京バレーや深〓、上海との結び付きを見なければ分からないのだ。

 米国の4~6月期のGDPはマイナス32%を記録した。同時期、テスラは増益に転じた。時価総額でわが国最大のトヨタ自動車を追い抜いた新興の米電気自動車メーカーであるが、増益の最大理由は新設の上海工場がフル稼働したことだった。わが国のオンライン会議やオンライン授業で広く活用されているZoomは、1997年に27歳で渡米した中国人のエリック・ユアンが創業した米企業である。米ソ冷戦時代は、「ベルリンの壁」が象徴しているように、人の交流はほとんどなかった。これが、米中の関係との決定的な違いである。

 習主席の娘が米国の大学で学んだように、米国への留学生110万人の中で、中国留学生は37万人を占めている。経済的にも人的にも米中は深く結び付いている。コロナ対策で医療器材の世界規模の争奪戦が行われているが、大半は中国が供給し、米国も大きく依存している。一朝一夕に解決できる問題ではない。

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 第三に、トランプ大統領の特異な個性と米国の国益を峻別(しゅんべつ)する必要があろう。マティス前国防長官は、トランプ大統領は国民の分断にしか興味がなく統合に向けたそぶりすら見せない初の大統領で、米国は彼なしでも統合できると主張した。ウエッジ7月号によれば、米国のシンクタンク幹部は「トランプ大統領は自国、香港を含めて人権問題には興味がない。興味があるのは自らの再選だけだ。これに対してバイデン氏は人権問題に厳しい」と指摘した。

 その意味でも、今秋の米大統領選の行方が、今後の米中関係を規定する大きな分水嶺(れい)となるだろう。

 【略歴】1948年、三重県生まれ。72年、京大法卒、日本生命入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長など歴任。2008年、ライフネット生命を開業。12年上場。社長、会長を歴任。18年から現職。著書に「哲学と宗教全史」など。

※〓は土ヘンに川

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