泣き声でパニックに…虐待連鎖防ぐ注目の治療法「子育て変わった」

西日本新聞 医療面 下崎 千加

 災害や犯罪など過酷な体験をして生きづらさを感じている人が、体験を克明に振り返ることで回復を図る「持続エクスポージャー療法」(PE)という治療法がある。虐待を受けて育った人が自らの子どもを虐待してしまう「虐待の連鎖」を未然に止める手だてになるのでは、と注目されている。治療を受けた女性は「不安でしかなかった子育てが変わった」と効果を実感しているという。

 エクスポージャーは英語で「暴露」を意味し、PEは長時間暴露法とも呼ばれる。心的外傷後ストレス障害(PTSD)治療のための認知行動療法として米ペンシルベニア大教授が開発し、日本では2016年から公的医療保険の対象となった。専門教育を受けた精神科医や臨床心理士とやりとりしながらトラウマ体験を克明に思い出し、言葉にする(暴露)。定期的に10~15回繰り返して感情のコントロールを身に付け、認知のゆがみを修正していく。

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 福岡県内の30代女性が治療体験を話してくれた。

 夫と離婚後、2人の幼い子どもを育てながら働き、余裕を失った。子どもが言うことを聞かないとパニック状態に陥り、必要以上に怒った。泣き声も近所迷惑と考え、かわいいと思えなくなった。職場では男性社員が大きな声を出すたびに過呼吸を起こしたり、一時的に意識が途切れたりした。なぜか体格の大きい男性が乗っている電車やバスは乗れなくなった。心療内科で精神安定剤を処方してもらっても好転しなかった。

 あるとき、パニックになり投げた物が跳ね返って子どもの額に当たり、切って出血した。「このままでは駄目だ」と近くの児童福祉施設に飛び込んだ。職員に何度か相談するうちに、福岡大病院(福岡市)を紹介され、昨年1月から精神科でPEを受け始めた。

 担当したのは斉藤陽子医師。診察に続き、治療の内容、自身の反応はトラウマによる「解離」や「フラッシュバック」と呼ばれる症状で、過去を捉え直すことで回復の可能性があることなどを学んだ。そして「ドアが開いたとき、あなたは何をしていた?」「そのとき、お父さんは何て言ったの?」など斉藤医師の質問に答える形で、封印していた記憶をたどっていった。

 小学生のとき、母親の再婚で一緒に暮らすようになった義父から、殴る蹴るの暴力を毎日のように受けていたことを、少しずつ思い出した。母親が止めてくれなかったこと。顔や体のあざを見ても担任教師は「大丈夫か」と言うだけだったこと。中学で不登校になり、自殺未遂を起こしてやっと暴力がやんだこと…。

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 息を殺すように生きていた当時を「再体験」してパニックに陥り、大声で泣いた。そのたびに斉藤医師がなだめ、教わった呼吸法で気持ちを鎮めた。診察も含めて2時間近い治療を週1回続けた。毎日の宿題として録音したやりとりを聞き、不快感や不安感などの気持ちを書き表した。

 3カ月かけて10回のPEを終えたとき、子育てへの向き合い方が変わっていた。「前は訳の分からない不安やつらさで爆発していた。今は『仕事の時間が迫ってるのに、子どもはなかなか登園してくれない。そりゃ、きついよね』と自分の気持ちを冷静に受け止められるようになった」

 「男の人がみんな怖いわけじゃない」と認知のゆがみも修正されて、電車やバスに乗れるようになり、男性社員の大声にも驚かなくなった。最大の収穫は、義父に会うと緊張して話せなかったのが、納得できなければ言い返せるようになったこと。「私はもう、かつての非力な私じゃない」

 治療から1年半。パニックを起こさず安定した状態が続いている。斉藤医師や児童福祉施設の職員など、いざとなったら頼れる人もいる。「こんな治療法があることを知ってほしい」と女性は話している。

 (編集委員・下崎千加)

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