原爆で街は地獄絵図に 再建志し、クリスマスイブに響いた鐘

忘れぬ感覚 体験者の証言から(4)

 カーン、カーン、カーン。一帯の住宅や商店に響く浦上天主堂(長崎市本尾町)の鐘の音。その音色に、同市若草町のカトリック信者で被爆者の田川照子さん(95)は終戦後の自身の様子を思い起こす。「(ショックで)一時ぼんやりして生きていた」

 かつて浦上駅の近くに住み、子どもの頃から浦上天主堂に通った。クリスマスイブには、鐘の音や音楽隊の演奏に心を躍らせた。

 20歳で被爆。入院中だった兄嫁の看病のために病院を訪れていた時だ。爆心地から約1・4キロの距離。ピカッと光り、慌ててベッドの下に潜り込んだ。自身は負傷を免れたが、隣のベッドの人は天井のはりが首を直撃し、命を落とした。

 街も地獄絵図だった。焼けた皮膚がだらりと垂れ下がった人、「水をください」という苦しそうな声…。よく足を運んだ浦上天主堂も倒壊していた。落下した鐘を目の当たりにした時は「こんな大きなものが」とぼうぜんとした。

 しかし鐘は、生き残った人たちに掘り出される。その年のクリスマスイブ、原子野につられて再び響いた。遮る物がない当時、数キロ離れた場所にいた田川さんの耳にも音が届く。「鐘のように元気にならないと」。目覚めたように、天主堂を再建させようとがれきを拾う奉仕にいそしんだ。

 田川さんは15年ほど前から、被爆者でつくる合唱団「被爆者歌う会ひまわり」にも属する。同じカトリック信者で、自ら被爆しつつ患者や負傷者の救護に当たり、信者たちも慰めた故永井隆医師の著書から生まれた歌謡曲「長崎の鐘」も合唱のレパートリーの一つ。

 「なぐさめ はげまし 長崎の あゝ 長崎の鐘が鳴る」

 天主堂の鐘の音色や合唱曲目は、今も焼け野原を想起させる一方、戦禍を乗り越えるよりどころとして支えてくれた-。田川さんは、そう感じている。 (岡部由佳里)

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