選挙で勝つには「自分しかいない」 “女房役”菅氏、周到に準備

西日本新聞 総合面 一ノ宮 史成 下村 ゆかり

 安倍晋三政権を中枢で支えてきた大番頭、菅義偉官房長官(71)が2日、首相後継を選ぶ自民党総裁選に名乗りを上げた。「ポスト安倍」への意欲をこれまで全否定してきたにもかかわらず、一転、出馬を決めたのは「安倍路線」を引き継ぐのは「自分しかいない」という確固たる自信だった。首相の体調不安説が浮上する中で、首相の座を射止める準備を水面下で始めていたようだ。 

 「雪深い秋田の農家の長男に生まれた。高校卒業後、農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出た」。菅氏はこの日の記者会見で「たたき上げ」の自らの経歴をアピールした。出馬については、先月28日の退陣表明後から「熟慮に熟慮を重ねて判断した」と説明したが、その以前から出馬を意識していた。

 「で、いつ、総理になろうと思ったんだ」。1日昼。都内で密会した麻生太郎副総理兼財務相から疑問をぶつけられた菅氏は「夏に総理の体調不安説が出たころ」と明かした。

 自らを慕う衆院若手たちとの会食で大多数が「ポスト安倍」には、首相の“宿敵”である石破茂元幹事長の名を挙げ、岸田文雄政調会長はごく少数。「石破にだけは継がせない」。それが首相の意向だった。

 菅氏は麻生氏に対し、ひた隠しにしていたトップへの思いをぶつけた。

 「選挙で勝つためには岸田さんではだめだ。自分が出た方が良いと思った」

   ◇    ◇

 菅氏は2012年に発足した第2次安倍政権をつくった一人だ。7年8カ月、官房長官として、派手さはないが、危機管理を担ってきた実務家。天下人・豊臣秀吉の補佐役に徹した弟・秀長を引き合いに「おれは女房役」と言い聞かせてきた。

 ポスト安倍の一角に躍り出たのは昨年4月。新元号発表時の「令和おじさん」ブームで人気急上昇。トップになることは「全く考えていない」とけむに巻いてきた。首相は菅氏の動向に警戒感を強め、女房役との関係はぎくしゃくし始めた。

 一方、菅氏が暗転する。昨秋の内閣改造でごり押しして入閣させた側近議員2人が「政治とカネ」で相次いで辞任。「桜を見る会」問題では「鉄壁」と言われた会見での答弁がぶれ、集中砲火を浴びた。今年に入り、新型コロナウイルス対応では「全国一斉休校」など、意思決定ラインから外され、首相とのすきま風がささやかれた。

 このころから、菅氏は二階俊博幹事長との間合いを詰めていく。6月から毎月、会食して急接近した。

   ◇    ◇

 首相の持病再発で突如、空席となる宰相の座。派閥を持たず、党内基盤の弱い菅氏が頼ったのは二階氏だった。退陣表明翌日の8月29日に真っ先に接触し、出馬意向を伝えた。

 これに前後して菅氏はあちこちに電話をかけ、麻生氏の動向も探った。もともと麻生氏と首相の「本命」は岸田氏だった。だが、コロナ対策で存在感を発揮できない岸田氏の評価は低迷し2人は岸田氏から離れていく。退陣後、首相は側近に「菅さんしかいないよね」と漏らし、一気に流れができた。

 農村から上京、地盤のない横浜で市議となり、官房長官まで上り詰め、さらなる頂が目の前に迫る。出馬会見を数日後に控え、菅氏は周囲にぽつりとつぶやいた。「今もなぜ、ここ(国政)にいるのかと思う。市議だって遠い存在だったのに」 

(一ノ宮史成、下村ゆかり)

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