社会人1年目で「面白すぎる」転身 柔道漫画に込めた決意 青野てる坊【動画あり】

西日本新聞 加茂川 雅仁

シン・フクオカ人(1)

 人生の転機は、ひょんなことで訪れる。

 福岡市の伝統校、県立修猷館高校出身。大阪大学法学部を経て2015年、博多駅ビルの管理会社「JR博多シティ」に新卒で就職した。それがわずか1年で漫画家に転身することになるとは、青野てる坊=本名・土屋貴弘(28)=自身も、思ってもみなかった。

 JR博多シティでの担当は、駅に隣接するビルの地下に計画された「駅から三百歩横丁」のテナント誘致。故郷の新しい街づくりの一端を担えることに喜びを感じ、上司と2人で奔走した。

 ところが-。

 「焼とりの八兵衛」「浜焼き 磯貝」など、テナント候補だった店の経営者たちと接するうちに、自分の現状に疑問を感じ始めてしまう。

 「皆さん、本気で店に人生を懸けていました。サラリーマンで安全圏にいる自分が、そんな人たちと向き合う資格があるんだろうかと恥ずかしくなったんです」

★激怒から一転「面白すぎる」

 自分が本気で打ち込めるものがあるのか。そう考えた時に、頭に浮かんだのが、漫画だった。子どもの頃から遊びで描いていただけで、漫画家になろうと思ったことはない。でも本気で続けられる気がするのは漫画しかなかった。

 自分には才能があるのか。それを確かめようと、大学時代に描いた作品で漫画誌「週刊ヤングジャンプ」の新人賞に応募した。

 結果が出なければ諦めるつもりだった。ところが、いきなり「期待賞」(16年1月期)を受賞。もう、迷いはなかった。

 テナントの経営者たちに辞意を明かすと、激怒された。というのも、実は開業目前に上司が異動。担当が2人ともいなくなるというのだから、怒りはもっともだった。ある経営者に尋ねられた。

 「で、何するんだ?」

 「漫画家になります」

 経営者は驚いたが、すぐこう言った。

 「おまえ、面白すぎるじゃないか。分かった。応援するからやってみろ」

 背中を思い切り押してくれた。

青野てる坊が連載中の「All Free!」第2話から

★「あり得ない」ストーリー

 開業を見届けた青野は、大阪に戻った。大学時代に知人が書いた原作を漫画にしたことがあり、そのコンビを再結成しようと思ったからだ。半年ほど知人宅に居候し、漫画誌で次々に新人賞を受賞することになる。

 今は、インターネットのコミックサイト「webアクション」(双葉社)で、柔道漫画を連載している。今回は原作なし、全て自分のオリジナルだ。

 タイトルは「All  Free!~絶対!無差別級挑戦女子伝~」(無料公開中)

 主人公は15歳の少女、御船じゅん。講道館10段の名人、三船久蔵の子孫という設定にした。久蔵は実在した人物。160センチに満たない体格ながら「空気投げ」などの必殺技を編み出し、講道館の創始者、嘉納治五郎と並んで「理論の嘉納、実践の三船」とたたえられた。

 その遺伝子を継ぐ淳が、女子軽量級でありながら男子無差別級に挑んでいく。青野がストーリーの着想を語ると、柔道経験者たちは口々に「あり得ない」と言ったという。その反応に青野は「しめた」と思った。意外性こそが、漫画の妙味でもあるからだ。

 柔道漫画を描く意味を問うと、青野は間髪を入れずにこう答えた。

 「柔道は人生だと思うんです」

 青野は、高校で柔道部だった。初心者だったが、県大会でベスト8に入ったこともある。

 ただ、練習はつらかった。幼い頃からの経験者に比べれば、基礎体力はもちろん、技術には圧倒的な差があった。体力的なきつさだけでなく、柔道には締め技もある。首を絞められて失神する怖さは、ほかのスポーツにはない。

 「今日こそやめようと思いながら、何とか続けたというのが本当のところ。でも、それが今の自分をつくってくれています」

★「柔道は自由だ」に込めた決意

 作品の序盤、男子無差別級のエースと戦う淳が、心の中でこんなことをつぶやく。

 「柔道は自由だ。性別も体格も人種も年齢も関係ない。畳の上で向かい合ったならどっちが強いかしか関係ない!」

 その言葉に、脱サラして「自由」を選んだ青野の決意も込められている。

 今、大阪で暮らす青野を支えるアシスタントは7人。全てパソコン作業のため、関東、関西、九州に散らばっている。作業量は2、3人でもこなせるが、本気で漫画に取り組もうとする若手を指導するのも自分の仕事だと思っている。「駅から三百歩横丁」の経営者たちが自分の決断を応援してくれたように-。

 「All  Free!」は月1回更新で第6話まで進んでいる。第10話までで単行本を出版し、売れ行き次第で続編を描く計画だ。ある新人賞の授賞式で聞いた、先輩漫画家のスピーチを青野は鮮明に覚えている。

 「漫画家は、漫画家だと名乗った時からなれる。そして、漫画家でいるために必要なのは、描き続けることだけだ」

=文中敬称略

(加茂川雅仁)

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