保守政権の「偏向」批判でイメージ悪化 識者に聞く日教組の実態 

西日本新聞 四宮 淳平

平和学習(4)

 全国各地の小中学校で行われる平和学習は日教組がリードしてきた。朝鮮戦争中の1951年の定期大会では「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンを採択した。一方で、国の方針とたびたび対立し、教育内容が偏っているという批判もある。日教組の果たした役割などを上下巻にまとめた「歴史としての日教組」(名古屋大学出版会)を2月に出版した広田照幸さん(61)に狙いを聞いた。

 -日教組はどのような組織なのか。

 「一般的に労働組合の形態は、組合中央の統制力が強い順に統一体、連合体、協議体、共闘という四つに分類できる。日教組は連合体で地方の組合(単組)はそれぞれ自立している。中央の決定よりも単組の決定が優先され、統制は緩く多元的な組織だ。一枚岩の組織でもないし、上意下達の組織でもない。内部でどういう議論を闘わせて路線を選んできたのかを考察したのが今回の本だ」

 -平和学習における役割は。

 「戦争協力への反省から、中央としては日本国憲法の平和主義を重視し、50年代に平和教育の議論を始めていた。しかし、当時の世論調査では憲法を改正し、再軍備をした方が良いと考える国民が多かった。その中で『教え子を再び戦場に送るな』というスローガンを掲げ、憲法の平和主義を国民に定着させる役割を担ってきた」

 -「偏向教育」との批判もある。

 「労働組合なのだから、特定の政党を支持することはあり得る。だからといって、教員が教室で特定政党の応援をした訳ではない。ところが、教室でも応援をしているかのように結び付けて批判されてきた」

 -教室で応援した教員もいたのでは。

 「例外的に、49年にある組合員が『共産党に入った』と宣伝して回ったケースがある。これは完全にアウト。だが、教育基本法の教育の政治的中立に関する条項で処分された事案は、ほかにはほとんど存在しない。そもそも、問題行動を起こした個々の組合員の事例は、中央の方針や指示とは結びついていない」

 -マイナスイメージが強い理由は。

 「断続的に長く続く保守政権側が日教組に過激なイメージを貼り付け、『偏向教育』というレッテルで批判してきたことが大きい。50年代に政権を担った鳩山一郎や岸信介が改憲、再軍備をしようと考えたとき、日教組は抵抗勢力となった。『偏向教育』という言葉は法令用語ではなく、批判する側が政治的に世論を誘導するために使われてきた。日教組は政治的なレッテル貼りにさらされてきた気の毒な組織だ」

 -日教組も方針転換した。

 「保守政権と対立してきたが、自社さ連立で成立した村山富市内閣だった95年には文部省(当時)と和解して協調路線を歩むことになった。日教組の元役員が中央教育審議会の委員にも入ったが、2012年に第2次安倍内閣が発足して外れた」

 -政治と平和学習の関係をどう見ているか。

 「憲法は平和主義を掲げており、平和学習自体は政治的なものではない。平和や人権は、政治的対立を越えた価値だからだ。平和学習が弾圧される時代がもしも来たならば、それは社会がおかしな方向に陥ったということだ」

 -組織率が下がる中、平和学習はどうあるべきか。

 「政治はそのときどきの国際情勢など目の前の利害で動くのに対し、教育はもっと長期的な視野で行われるべきもの。今よりも平和な社会をつくりたいと考えれば、教員は平和教育をやろうという気持ちが湧いてくるはず。戦後75年を振り返ると世界はより平和で豊かになってきており、ひき続き人類が実現すべき大事な目標だ。希望を持って取り組んでほしい」

 (聞き手は編集委員・四宮淳平)

▼広田照幸(ひろた・てるゆき)さん 1959年生まれ。学識者でつくる一般社団法人「日本教育学会」会長、日本大教授。専門は教育社会学、教育史など。

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