安倍首相 “口だけの核廃絶” 原爆資料館 一度も訪れず 

【最長政権 私の採点】長崎原爆被災者協議会会長・田中重光さん

 昨年の長崎原爆の日(8月9日)。平和祈念式典後にあった安倍晋三首相と被爆者団体との面談で、長崎原爆被災者協議会(被災協)会長の田中重光さん(79)は語気を強めた。

 「原爆資料館に来てください。これは首相としての宿題ですよ」

 首相の資料館訪問は1984年以来、実現していない。最後に足を運んだのは「戦後政治の総決算」を掲げていた中曽根康弘氏。同じように長期政権を築き「戦後レジームからの脱却」をうたった安倍首相は7年8カ月の在任中、一度も資料館を訪ねたことはない。

 そんな安倍首相に、被爆地は厳しい視線を送り続けた。2014年に集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を閣議決定した時は「あの地獄を子や孫に繰り返させるのか」と抗議。安全保障関連法の成立目前だった翌年の式典では、被爆者代表が「被爆者をはじめ平和を願う多くの人々が積み上げてきた思いを根底から覆そうとするもの」と撤回を迫った。

 憲法改正に執念を燃やした首相に対し、憲法9条によって戦後日本の平和は保たれてきたと考える田中さん。「そもそも初めから相いれない人だったのかもしれない」と苦笑いを浮かべる。16年のオバマ米大統領を伴った広島訪問も「あれはオバマ氏自身の功績」と手厳しい。「核保有国と非核保有国との橋渡しをする」と言いながら、被爆者団体が強く求める核兵器禁止条約の署名に背を向け続けた姿勢については言うまでもない。ただ-。

 02年以降は中断していた平和祈念式典後の被爆者団体と首相の面談を07年に復活させたのは、第1次政権の安倍首相だった。過去には広島と長崎、どちらかの式典を欠席する首相もいたが、毎年出席した。安倍首相なりの被爆地への思いがあった、とも見える。

 第2次政権発足後の13年には、核兵器の非人道性と不使用を訴える国連の共同声明に日本は初参加した。「核廃絶を口にしていても行動が伴わない」(田中さん)のは安倍晋三という政治家の資質だったのか。それとも唯一の戦争被爆国でありながら「核の傘」から抜け出そうとしない日本そのもののジレンマなのか。

 新型コロナウイルスの影響で行事を縮小した被爆75年の式典。首相の日程に余裕が生じたため、「今年こそ資料館を訪れるのでは」と被爆地は期待したが、肩透かしに終わった。この頃、首相の体調が悪化していたことが後に明かされた。

 「一体何がしたかったのかは正直分からない。(被爆地に通い続けたのは)善意であったと信じたいのだが…」。体調が万全だったら、首相は1年前の「宿題」を果たしただろうか。 (西田昌矢)

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