夢と現、男と女が複雑に絡み合うエロティシズムあふれる短編集

西日本新聞

 『パンズ・ラビリンス』という映画をご存知だろうか。内戦後のスペインを舞台に、少女が陰惨な現実から逃れるようにおとぎ話の如き空想にのめり込んでいくというストーリーだ。どちらがどちらなのか分からなくなるほど、幻想と現実が溶けて混ざり合う恐ろしさと震え上がるような甘美さ。それはまさに、本書にも通ずるものだ。

 本書は上品かつ官能的な文学表現で文壇を風靡(ふうび)する、髙樹のぶ子氏の11の小説を集めた短編集。父親や恋人との別れなど、人生の節目にトマトが登場する表題作「私が愛したトマト」や、病に冒された少女の元に「丸子」という名の蚕がやってくる「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」といった少し不思議で繊細な話が並んでいる。

 特に個人的に惹(ひ)かれるのは「ポンペイアンレッド」と「かぐや姫」だ。「ポンペイアンレッド」は還暦を迎える主人公が「火より強く輝き、その強烈さゆえ座る人間を謙虚に鎮まらせ、内面に向かっての崩れを誘う赤」の椅子を買うという内容。その色、ポンペイアンレッドは、ポンペイで昔熱狂と快楽に満ちた秘密の儀式が行われていた「秘儀の館」の壁画に使用されていたという。そして、主人公自身も椅子をきっかけにまるで「秘儀の館」のような場所へ誘われ、「昔の男」に再会する。一体どれが主人公の妄想でどれがリアルなのか。その描写はぞっとするほどエロティックだ。

 一方、「かぐや姫」は小学生の頃、友人達と隕石(いんせき)を探しに行った先で崖の下に「かぐや姫」を見つけた女性が主人公だ。主人公は友人の一人に「誰にも言うな。言ったら死ぬ」と厳命される。成長し、結婚した主人公。しかし彼女は、よそよそしくなってしまった夫が単身生活しているアパートを訪れた折に、衝撃の事実を知らされる。どこかもの哀しさと凄みが漂う一篇(いっぺん)だ。どちらも大人の女性が理性という服を一枚一枚脱ぎ捨てた時、隠された秘密が暴かれていく。その艶めかしさがたまらない。

 ところで、『パンズ・ラビリンス』に登場する「パン」はギリシャ神話の半人半獣の神・パンから来ている。「ポンペイアンレッド」には「半獣神というのは、正直な頭と率直な下半身を合体させた、理想的な生き物なのだろう」という一文があるが、まさに本書を象徴している部分だろう。同時に、著者の着眼点にもうならされるのだ。

 

出版社:潮出版社
書名:私が愛したトマト
著者名:髙樹のぶ子
定価(税込):1,980円
税別価格:1,800円
リンク先:https://www.usio.co.jp/books/paperback/20886

西日本新聞 読書案内編集部

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