みんな「お母さんありがとう」と書いた 言葉を刻む(81)

西日本新聞

「お父さん」と書くやつは誰もおらん。みんな「お母さんありがとう、さようなら」だった

 (北九州市、渡瀬卯二生=うじお=さん)

 海軍飛行予科練習生の卒業を控えた1944年、航空機の不足を理由に突然、潜水艦に乗るよう命令された。爆薬を積んで体当たりをする特殊潜航艇。隊員たちは出撃前にあらかじめ、骨箱に髪の毛と爪を入れ、神棚に置いていた。終戦で出番は回ってこなかった。出撃した戦友たちが乗った潜水艦の壁には、母親に宛てた言葉が書かれていたという。2019年、92歳の時に取材に語った。

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