秀吉とアジアの大動乱

西日本新聞 上別府 保慶

 京都大名誉教授の宮崎市定さんは、司馬遼太郎さんや松本清張さんもその本を参考にしたアジア史の権威だ。亡くなって25年がたつが、著作は版を重ね、今も書店に現役として並ぶ。

 その宮崎さんが「中国文明の歴史」の第9巻「清帝国の繁栄」(中公文庫)で、豊臣秀吉の無謀な朝鮮出兵がもたらした影響について、教科書にないことを書いている。学校では、この出兵が朝鮮半島を荒廃させた上、豊臣氏も力を失い、徳川家康の権力奪取につながったことまでは教える。しかし一方では、こんな重大事の原因となった。

 「(秀吉の出兵は)朝鮮を応援するため大軍をおくった明国(中国)の財政をも危機に陥れた。もっと悪いことにはこの対日戦争のために、明の満州民族に対する防備が手うすになり、これに乗じて満州族の独立意識が向上し、その中から英雄ヌルハチ、すなわち清の太祖が現れて民族を統一し、明にとって一大敵国を形成する」

 明は軍費を得るために増税を重ねたが、飢饉(ききん)も重なって反乱が続発、ついに滅亡する。明の将軍、呉三桂は北京を占領した反乱軍を撃退するために敵だった清軍に味方して力を借りる。その結果、異民族の清朝による中国支配が始まった。

 日本の近松門左衛門は、この出来事を基に「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」を書き、文楽や歌舞伎で大当たりを取る。呉三桂を、日本人の母を持つ鄭成功とともに明の再興を目指す英雄として描いた。事実と異なるが、そこは鎖国の世。庶民に外の世界は遠かったし、まして物語の陰に秀吉が関わっていたことなど思いつくはずもない。

 だが隣の朝鮮は話が違う。戦火をもろに浴びた。清は北京を占領する前に朝鮮を攻めて服属させた。宮崎さんは「物資を獲得するのがひとつの狙いだった。おそらく秀吉の朝鮮戦役のさい、日本軍が遺棄したと思われる武具刀剣なども(中略)満州に移入されて使用されていた」と記す。

 2017年の韓国映画「天命の城」は、この清軍による朝鮮侵攻「丙子(へいし)の乱」を描いた傑作だった。イ・ビョンホンさん演じる朝鮮の吏曹判書(イジョパンソ)(大臣)は強大な清には勝てぬと考え、王室と民を守るためにと切々と降伏を説く。だが他の重臣は清を蛮族と見下し、徹底抗戦を譲らない。ののしられた吏曹判書はそれでも和平の使者に立つが、ついに朝鮮は猛攻に屈し、朝鮮王は清に臣下の礼を取る。

 かの国に限らず史劇はしばしば過去を美化する。だが「天命の城」は、多少のフィクションを織り交ぜつつも史実に忠実で「国辱」の歴史を直視しているのが印象的だった。脚本を読んだイさんらは当初、出演に二の足を踏んだという。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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