あの日、何を報じたか1945/9/12【復員者へ道を譲れ 満鮮への一般客は今年中は駄目 門鉄局】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈下関、博多両駅には大陸、朝鮮方面への旅客が殺到し、非常な混雑を呈し、門鉄局では同方面への一般旅客はぜひ見合わせるよう掲示その他によって強調しているが、兵および徴用工など復員計画輸送の都合上、だいたい今年いっぱいは一般旅客は取り扱わぬ旨を明らかにした〉

 9月に入り本格化した日本人の引き揚げ。同時に、日本から大陸方面への旅客も相当の数に上った。1946年3月までの間に約130万人が日本から朝鮮に戻ったとされている。記事中の「一般旅客」がこの人たちのことを指していたかどうかは分からない。

 〈内地、釜山間は仙崎、博多両港から現在大小二隻の連絡船によって隔日または三日間に二回という強行運行を続けて計画輸送の完遂を期しており、これが終われば一般旅客の取り扱いを行うものであるから、一般旅客は下関か博多に行けば何とかなるだろうという漫然たる考えを捨てるよう要望されている〉。記事はこうくぎを刺している。

 引き揚げの関連記事がいくつか続いている。

 〈あすから臨時列車 門司港博多間に運転〉という見出しの記事では、9月13日から10月2日まで運行する臨時列車を案内。深夜の午前2時40分門司港発、同4時38分博多着という便もあったようだ。

 〈博多港に案内所 旅館の世話や食糧配給 大陸からの引揚げ者に温かい手〉という記事では、〈博多港に上陸する者が一船四千名に達している。これらの人々は老幼婦女子が大部分で、しかもほとんど一カ月以上、飲まず食わずの悲惨な旅を続け、病人も続出しているありさま〉と指摘。県が案内所を設置すると伝えるとともに、あっせん内容を紹介している。

 〈福岡市内に宿舎を用意し、また旅館希望者には宿泊料二円で旅館を世話する〉〈列車中の乾パンやにぎり飯を配給する〉〈病気、けが、妊産婦のため医師、産婆を用意している〉(福間慎一)

   ◇    ◇

 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

PR

社会 アクセスランキング

PR

注目のテーマ