あの日、何を報じたか1945/9/13【ふえた殺傷事件 悪化の途たどる終戦後の犯罪 福岡県】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈戦争中の犯罪が平時に比べてぐっと殖(ふ)えるのはどこの国でも共通の現象であるが、わが国でもこの例に洩れず検察陣の頭を悩ましたのだが、終戦によって犯罪の傾向はさらに悪化の途をたどっている模様で、各県とも応召警察官が復員終了次第、徹底的にこれら憎むべき罪悪の総ざらえ検挙に取りかかる態勢を進めている〉

 敗戦後の混乱と困窮の中、犯罪が増加していることについて記事は〈罪悪の多くは被害者側にも責任があり〉と書いている。〈性質によっては被害届の出ないものが相当あるものと思われ統計上の明確なことは分からない〉としながらも、記事は、福岡県内での現状を挙げている。

 〈血なまぐさい殺傷事件の増加が目立ち、終戦このかた一月たらずの期間のうちに発生した殺人事件は三件を数え、本年一月から終戦時までのそれに匹敵している。この激増の原因は無論、終戦後の民心の不安定にもよろうが、殺伐な戦地の気風がようやく移入されてきたものともみられ、従ってこの種の殺傷事件は今後漸増するのではなかろうかと憂慮される〉

 盗難については、さらにひどい状況だったようだ。

 〈千円以上のいわゆる多額盗難事件は連日数件に達し、このほか千円以下のものや届け出のない盗難事件はずいぶん多いだろうとみられている。これら窃盗の手口は寝込みや空き巣を狙った忍び込みとか倉庫や屋外貯蔵品の持ち去り、乗り物内外のスリ、駅待合所などの置引といった定石通りのもので、手の込んだものはなく、依然、盗まれる者の油断が災いしている〉

 まず問われるべきは加害者の行為だが、「被害者の責任」について記事はこうも述べている。

 〈現金を必要以上に多額に所持して歩く人や家を空けて平気で外出する主婦たちが多いのも犯罪を生む原因になっている〉

 記事は〈われわれは互いに相戒めて明るい日本再建のために忌まわしい犯罪の絶滅を期さねばならない〉と呼び掛けた。しかしこの後も犯罪はさらに増加し、警察庁の統計によると全国の殺人事件の認知件数は1954年にピークの3081件に達した。強盗事件はピークの48年に1万件を超えている。(福間慎一)

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 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

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