「奇跡の帰郷」江戸期の欠損道標、県境越え見つかる 刻み文字で判明

西日本新聞 ふくおか都市圏版 横山 太郎

 江戸時代に交通の要衝として栄えた大分県中津市の「湯屋の辻」にあった石柱道標の欠損部分が福岡県東峰村で発見され、中津市歴史博物館に寄贈された。確認の決め手は、道標に刻まれていた文字。中津市に残る上半分の「従是南玖」と、東峰村の下半分の「珠日田道」を合わせると意味がつながり、「同一のもの」と判断した。長らく行方が分からなかった石造物の“帰郷”に、関係者は「通常は見つかることはない。奇跡だ」と喜んでいる。

 中津市教委によると、湯屋の辻は小倉-宇佐、中津-玖珠日田の両街道が交わる場所にあり、道標は江戸後期に設置された。日本列島の実測地図を作成した伊能忠敬の日記には、この道標を示す記述があり、測量する際の基点になったことを示しているという。1984年、中津市の用水路の改修工事中に道標の上半分が見つかった。

 道標の下半分と確認された石柱は、東峰村の旧小石原工芸館の敷地内に立てられていた。村教育委員会によると、今年6月上旬、村が工芸館跡地を公園に整備する際、館の関係者から「元の場所に戻してあげたいが、どこのものか分からない」と相談があった。

 村教委が石柱の下半分の文字から、もともと「玖珠日田道」と刻まれていたと推測。石柱の4面のうち3面に「小倉」「宇佐」「中津」の文字が残されていることから、街道が交わる場所にあったと考え、中津市歴史博物館に問い合わせた。市内に置かれていた道標の上半分と合わせると「従是南玖珠日田道」(これより南 玖珠日田道)と意味をなすことが分かった。

 工芸館は小石原焼や高取焼の窯元が運営。敷地内には道標のほか、民芸運動を支えた版画家、棟方志功の絵を基に彫られたという道祖神などが祭られていた。道標が東峰村にもたらされた経緯は不明だが、関係者は「(先人が)骨董(こっとう)品として購入し、陶工が変な道にそれないよう、道しるべの意味で立てていたのではないか」とみている。

 今月初旬、東峰村にあった道標は中津市歴史博物館に寄贈された。同館では22日まで「速報展」を開催中だ。村教委文化財係の内野嗣昭(ひであき)さん(33)は「元の場所に戻すことができて良かった。これを機に中津市との交流を図ることができれば」と期待。中津市歴史博物館学芸員の三谷紘平さん(37)は「街の開発が進み、昔の面影が薄れる中、交通の要衝であったことを示す貴重な証拠だ。しっかりと修復したい」と話す。 (横山太郎)

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