青春そのもので、一番幸せな時期だった 言葉を刻む(85)

西日本新聞 社会面

青春そのもので、一番幸せな時期だった

 (長崎市、大田大穰さん)

 現在は農地が広がる長崎県諫早市の干拓地に戦時中、「長崎地方航空機乗員養成所」があった。民間のパイロット養成という名目で軍の操縦士育成を担ったとされる。在籍した約600人は10代。戦地に派遣された卒業生も多く、特攻で亡くなった者もいた。施設は新しく、食事や衣服、文具が支給され、月5円の小遣いも出た。厳しい指導や教官の暴力に泣く同僚もいたが「最高の生活をしているのに」と意外に感じた。「充実した最期を」と特攻を覚悟する中で終戦。悔しさのあまり、銃剣でそこら中を突き回った。2015年、85歳の時に取材に語った。

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