「もののけ姫」と女海賊

西日本新聞 上別府 保慶

 コロナ禍のこの夏、「千と千尋の神隠し」など、スタジオジブリの名作4本が全国の映画館で再び上映されて話題になった。

 私は宮崎駿監督の23年前の作品「もののけ姫」を見に行った。席に座ると、後ろから若者の声がする。

 「もののけは初めて見るんよ。できた時はまだ生まれとらんから」。ああ、もうそんなに時がと感じつつ、この映画で宮崎さんが情熱を傾けて創造したキャラクターのことを思った。

 それはエボシ御前。戦国の世が始まろうとする室町時代、山の麓に砦(とりで)のような集落を築き、鉄砲の「石火矢(いしびや)」を生産して売りさばく女性の頭だ。彼女は冷静沈着だが、売られた女性たちを買い取っては救い、仕事を与え、重い感染症患者も差別することなく遇する慈愛の顔も持つ。

 しかし石火矢の大量生産は、膨大な木炭と砂鉄を必要とする。すさまじい環境破壊が、山にすむ獣(もののけ)たちを怒らせるが、エボシ御前は石火矢で容赦なく撃退する。

 「もののけ姫」の製作が始まった時、宮崎さんは劇中では語られないエボシ御前の設定を書いたメモを、スタジオの壁に張った。

 「辛苦の過去から抜け出した女。海外に売られ、倭寇(わこう)の頭目の妻となり、やがて頭角を現し、ついに頭目を殺す。その財産、金品を持って自分の古里に戻ってきた。彼女は侍の支配から自由で強大な自分の理想の国を造ろうと考えている。多分彼女は、明国(中国)産の原初的な鉄砲を日本へ持ち込んできたのだ」

 当時の記録ビデオ「『もののけ姫』はこうして生まれた。」にこのメモが映る。宮崎さんは陣笠(じんがさ)をかぶったエボシ御前の横顔のカットを手直ししながら、熱っぽく語って指示する。

 「この人、もう自分の運命を見定めている人ですから、かっこよく描いてやってください。現代人ですからこの人。魂の救済は求めてないんですよ」

 時代は下るが中国の清時代に、エボシ御前を思わせるたくましい女海賊が実在した。鄭一嫂(ていいっそう)。売られて水上の売春宿にいたが、海賊船団の頭目の妻となった。夫はベトナムから報酬を得て中国船を略奪していたが、夫の死後は鄭一嫂が船団の指揮を引き継いだ。

 鄭一嫂は規律に厳しく、略奪品は公平に分配し、船上での性的暴行も禁じた。従わない者は首をはねた。清朝政府は討伐隊を送ったが失敗。英国海軍も協力したが捕まらず、恩赦の形で事を収めた。陸に上がった鄭一嫂は部下と再婚して余生は賭博組織の親分として過ごしたという。

 果たして、エボシ御前と鄭一嫂につながりはあるか。取材の折にこれを聞かなかったのを悔いている。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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