あの日、何を報じたか1945/9/19【猛台風九州を席巻 各地に希有の風水害】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈実りの秋を騒がして十七日午後から夜半にかけ九州を襲った猛台風はわが気象観測陣を驚かす希有の猛威をふるい、南九州から東九州にかけて惨憺たる風水害のあとをとどめて日本海に抜けた。(中略)最近ではさる昭和九年秋、近畿地方を襲って世界的に有名な「室戸台風」に次ぐものとされ、九州地方としては希有の猛台風であった〉

 終戦直後の日本に大きな爪痕を残した枕崎台風。その猛威を、本紙は1面でこう表現した。現に、枕崎市で観測された916・1ヘクトパスカルの気圧は、室戸台風の911・6ヘクトパスカルに次ぐ低さ。気象庁は、終戦直後で気象情報が少なく、防災体制も不十分だったため各地で大きな被害が出た、としている。

 九州での被害は2面の大部分を占めて詳述されている。見出しを列挙するだけで、生活が壊滅状態になったことがうかがえる。

 〈復旧に二十日間 福岡市の上水道断水〉〈電信電話も中絶〉〈電灯復旧は一週間 発送電施設にも大被害〉〈罹災五千四百名(小倉) 西鉄北九州線も不通〉〈列車不通十一カ所 門鉄管内 開通見込みたたず〉。福岡市で撮影されたとある大きな写真には、泥の海と化した水田と転覆した船舶が写っている。

 上水道が深刻な被害を受けた福岡市の谷水道部長は〈「全力をあげて復旧作業を急ぐつもりだからしばらく御辛抱していただきたい。(中略)井戸水の利用をお願いするよりほかはないが、長雨のため井戸にも汚水が流れ込んでいると思われるので、衛生的に十分留意の上、隣組相互精神で助け合い、復旧まで頑張っていただきたい」〉と語っている。

 収穫期の農業も深刻な打撃を受けた。〈福岡県下の稲、甘藷、蔬菜も被害を受け、今後の食糧事情にいよいよ重大性を投げかけるに至ったが、台風一過の十八日から早くも県下の田圃や畑地では半裸姿で減水作業を行う者、姉さん冠(かぶ)りもりりしく薬剤を撒布する者など食糧確保に孜々(しし)としていそしむ農民の姿が見られ始めた〉。

 枕崎台風の死者は2473人、行方不明者1283人、住宅損壊8万9839棟。空襲を生きながらえた当時の人々には、あまりにも厳しい自然の試練だった。(福間慎一)

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 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

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