あの日、何を報じたか1945/9/20【読者の声 徴用解除者の嘆き】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈終戦により徴用者が解除となり、失職者を多数生ずるのはやむを得ないことである。私もその一人で、某飛行機工場を八月三十一日に新規徴用者全員解除の憂き目を見たが、昨年二月の就職禁止令で職を奪われ徴用となり、多大の犠牲を払っても勝つためにと今日まで不平も言わず働いてきた。しかし現在、急に解除されたのでは明日からの生活にも困る状態である〉

 戦時中は「陣頭」というタイトルで掲載された読者投稿欄。終戦後は「読者の声」に衣替えし、戦意高揚に反するものは決して掲載されなかった戦時中と異なり、自由な意見が載るようになった。

 福岡市のペンネーム「徴用生」さんは、途方に暮れた心境をつづっている。年齢は分からない。

 〈過般、新聞紙上には徴用解除に際してはある期間の生活保護をやり、退職金も出すということだったので安心していたところ、会社側から渡された金は旅費五円なり。退職金は半額三十円で残り三十円は後刻渡すとの挨拶であった。しかも独身者も家族持ちも皆一律であったのには茫然自失せざるを得なかった〉

 国の動員で元々の仕事から軍需工場に送られ、退職する時にはその生活は保護されず、生活環境を問わずに一律の給付。「徴用生」さんの嘆きには怒りがにじむ。

 〈これが国家の急を救うべく自己を抛(なげう)って増産に尽くした徴用者に対する政府や会社側の親心か。悲憤の涙を禁じ得ないものがある。前線で身命を賭して活躍し、既に解消した軍需工場に帰ってくる復員者などに対しても、われわれ同様の取り扱いがなされるのではなかろうか。憤激に堪えない次第である〉(福間慎一)

   ◇    ◇

 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

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