御三家とか四天王とか、日本人は実力者を数でくくるのが好きだ…

西日本新聞 オピニオン面

 御三家とか四天王とか、日本人は実力者を数でくくるのが好きだ。その類いで近ごろ久しぶりに聞いた単語が「竹下派七奉行」。8月に88歳で亡くなった渡部恒三元衆院副議長の訃報にあった。渡部氏も七奉行の一人だった

▼竹下派七奉行とは1980年代後半、自民党で権勢を誇った「経世会」(竹下派)の幹部を指す。出生順に梶山静六、奥田敬和、渡部、羽田孜、小渕恵三、橋本龍太郎、小沢一郎の各氏だ

▼後にこのうち3人が首相の座に就いた。当時の派閥は人材育成機能も担っていたのだ。7人それぞれ長所も短所もあったが、補い合って動いている間は竹下派の威光も盤石だった

▼しかし跡目争いに端を発する抗争が始まり、七奉行は4人と3人に分かれた。派内での形勢不利とみた小沢氏は「政治改革」の旗印を掲げて新党を形成、自民党を飛び出す

▼それが細川護熙連立政権の誕生と衆院への小選挙区制導入につながったのだから、七奉行の確執と分裂が日本の政治を変えたと言ってもいい。政治とは善かれあしかれ人間関係のドラマという側面がある

▼七奉行の中で最も親しく、後に最も激しくぶつかったのが小沢氏と梶山氏だ。菅義偉新首相はその梶山氏を政治の師と仰ぐことで知られる。七奉行のうち6人は世を去った。残る1人、小沢氏は現職議員として野党合流に参加し、菅政権打倒を目指す。人と人との因縁の織りなす政治劇は続く。

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