四十を超え、ふとこれまでに…

西日本新聞 ふくおか都市圏版 一瀬 圭司

 四十を超え、ふとこれまでに取材させてもらった人たちの顔を思い返すことが増えた。いろんな言葉や表情に出合い、こちらも成長させてもらってきた

▼自身の乳がん体験を基にして中学校で「命の授業」に取り組んだ大分県豊後高田市の養護教諭、山田泉さん=2008年、49歳で死去=は親交のあった永六輔さんの言葉をよく口にしていた。<生きているということは/誰かに借りをつくること/生きてゆくということは/その借りを返してゆくこと>

▼8月、3年間の東京勤務を終えて本社の社会部に戻った。一般的な会社勤めが60歳くらいまでとするならば、今は折り返しを過ぎたあたりか。まだまだ未熟者だと自覚しているが、「生きてゆく」ことに少しでも近づけるよう書いていきたい。 (一瀬圭司)

福岡県の天気予報

PR

福岡 アクセスランキング

PR

注目のテーマ