ある政治記者の現場復帰

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 菅義偉氏が第99代の首相に就任した。メディアはたたき上げとかパンケーキ好きとか、ご祝儀相場的な報道に余念がないが、私の印象に残る菅氏のエピソードは以下のようなものだ。

 菅氏は第2次安倍晋三政権で官房長官を務めた。官房長官は内閣のスポークスマンとして毎日記者会見を行う。2017年8月8日の会見では、森友、加計(かけ)学園問題で「記録にない」を繰り返す安倍政権の姿勢に関する質問がなされた。その際のやりとりである。

 記者「ある政治家が『政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録とはその最も基本的な資料。その作成を怠ったことは国民への背信行為だ』とおっしゃっている。その発言を本に記されていたのはどなたか、ご存じですか」

 官房長官「(そっけなく)知りません」

 記者「官房長官の著作に書かれているんですが」

 政治家が自らの発言に対していかに無責任であるか、これほど瞬時に浮き彫りにしたやりとりも珍しい。菅氏はその場では平静を装ったが、しばらくは番記者の取材にも応じないほど激怒したとされる。

   ◇    ◇

 この質問をしたのは朝日新聞の南彰記者(41)。前述のやりとりを読めばあら探しの好きな嫌なやつ、との印象を持つかもしれないが、会えば人柄の良さが伝わってくる、周囲の信望も厚かろう、とすぐ分かる(つまりこのコラムの筆者とはまるで違う)人物だ。

 南さんは18年秋から政治取材の現場から離れていた。干されていたわけではなく、新聞労連(各新聞社の労働組合が加盟する産別組合)の中央執行委員長として出向していたのだ。日本マスコミ文化情報労組会議の議長も兼任し、安倍政権下で進むメディア分断や記者会見形骸化の危うさについて積極的に発信した。

 その南さんが9月、菅政権発足とタイミングを合わせたかのように、政治部記者として現場に復帰した。何でも本人は若手のポストである総理番を希望したらしいが、国会取材を仕切る国会キャップに落ち着いた。今度は国会内の記者席から菅氏の発言をチェックすることになる。

   ◇    ◇

 権力者は自分の都合のいいことを報じるメディアを重用し、批判するメディアを遠ざける。遠ざけられると権力中枢の情報が入らないので、どうしても政治部記者は権力者の顔色を見て動くようになりがちだ。

 安倍政権はメディアを選別することで報道のコントロールを図った。菅氏もその中心人物だ。都合の悪い質問は「全く問題はない」「指摘は当たらない」と理由も示さず切り捨てるのが「菅流会見術」である。

 現場に戻った南さんに「政治部記者なんですよね? 大丈夫?」と余計な心配を告げると、南さんは「政局ばかり追うと相手に取り込まれる。政局だけではなく国会論議の中身を掘り下げ、ファクトチェック(発言の内容が事実かどうかチェックすること)をして、問題を提起していきたい。これからの政治報道に求められるのはそこだと思うんですよね」と語る。

 安倍「1強」政権下、巧妙かつ露骨にメディア統制を図る官邸の圧力に報道機関は押し込まれてきた。どこまで押し返せるか。攻防は次のラウンドに入った。

 (特別論説委員・永田健)

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