「でくっこつば」の力 岩本誠也

西日本新聞 オピニオン面 岩本 誠也

 東京・上野駅前の広場に「あゝ上野駅」の歌碑が立つ。東京五輪があった1964年の井沢八郎さんの大ヒット曲。中学を出て集団就職列車で上京し、高度経済成長を支えた「金の卵」への応援歌として長く歌い継がれる。

 九州出身者にはぴんとこないが、上野駅は東北の人たちにとって特別な存在だ。高校を卒業し家出同然で秋田を飛び出したという菅義偉首相も何かあれば上野駅で感傷に浸ったかもしれない。

 <ふるさとの訛(なまり)なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく>

 100年以上前に詠まれた石川啄木の歌碑も上野駅構内にある。生まれ育った土地の言葉に古里を思い、力をもらう。誰しも同じだろう。

 熊本県南部を襲った7月の豪雨の後、ラジオから懐かしい言葉が流れてきた。「でくっこつば、でくっしこ」。自分のできることをできる範囲で、という意味の熊本弁。被災地支援に取り組むグループの合言葉だという。

 球磨川の氾濫などで多くの人が被災した。後片付けに駆け付けたくても新型コロナウイルス感染症対策で県外からの災害ボランティア受け入れはない。郷里を離れ関東に住む身に何ができるのか。モヤモヤした思いをこの言葉が吹き飛ばしてくれた。

 このグループは「熊本弁ネイティブの会」。愛する熊本弁だけで話す飲み会を東京で開こうと2012年5月に10人で発足した。フェイスブック(FB)で輪が広がり、会員は2800人を超えた。

 今回は災害直後に東京でできることを有志で考え、クラウドファンディングで寄付の呼び掛けを開始。わずか12時間で目標の100万円を突破し、1カ月で661人から621万5千円が集まった。

 会長の平野洋一郎さん(57)は「たいぎゃうれしかったばってん、復旧復興はまだこれからたい」。被災地の惨状に息長い取り組みを誓う。

 16年の熊本地震後も「でくっこつば…」精神で被災地支援に取り組んだ。少しの力でも集まれば意味ある手助けができる。サポートする側が無理したら長続きしない。日比谷公園で毎年開かれる催しでは熊本県産品を販売、売り上げを寄付する活動を続ける。

 平野さんは熊本県宇城市出身で、東証1部上場のソフトウエア会社、アステリア(東京)の創業社長。会社としても、再起した熊本の女子バレーボールチームのスポンサーを引き受けたり、熊本市に研究開発拠点をつくったり。

 「古里への恩返しはいっちょん足らん」。熱い熊本弁が心地いい。 (論説委員)

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