一向一揆や武田攻め…信長の口述書状を公開 佐賀・唐津城

 佐賀県唐津市は、旧唐津藩主小笠原家の祖で戦国武将の小笠原貞慶(さだよし)が織田信長から受け取った書状(手紙)を同市東城内の唐津城で公開している。小笠原家が市に寄贈した文書の一つで、2013年に信長の書状と判明した。市教育委員会は「一向一揆との戦いや武田攻めの画策など歴史的事象が多く記された貴重な資料」としている。

 市教委によると、貞慶は信長の家臣で、信濃や関東の外交を任されていた。書状は天正3(1575)年2月10日付。貞慶が前年に岐阜に信長を訪ねた際、信長が伊勢長島(三重県)の一向一揆討伐に出陣して会えなかったことや、現在は摂津(大阪府)の石山本願寺の一向一揆と戦っていることを説明。本願寺の陥落後に武田勝頼を攻める考えを示し、友好関係にある北条氏などとの調整や協力を貞慶に命じている。

 書状は信長の口述を右筆(書記官)の武井夕庵(せきあん)が代筆したとみられ、信長が使った「天下布武」の朱印が押されている。貞慶の子孫の長昌(ながまさ)が19世紀に唐津藩主になり、手紙が唐津に残ったという。市教委は「市に残された唯一の信長の書状。きっちり保管、管理しながら、展示を通して貴重な文化的資料を広く紹介していきたい」としている。

 展示は29日まで。唐津城の入館料(一般500円など)が必要。唐津城=0955(72)5697。

(野村創)

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