ヨン様、虎の尾を踏む

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 中国の歴史学会で、古代朝鮮の高句麗を「中国の地方政権」とする説が出始めたのは、1980年代のことだった。かつて朝鮮半島の北半分は、中国の領域だったとする考え方だ。

 中国では共産党の方針に学問も従う。海外の専門家は、北朝鮮有事の際に中国が関与するための布石ではないかと取り沙汰した。

 2003年、高句麗の研究を中国社会科学院が本格的に進めているというニュースが流れた。韓国の世論は猛反発し、韓国政府は中国へ憂慮の念を伝えた。歴史認識というと、とかく日本が批判されるが、中韓の間でも摩擦はあるのだ。

 対抗するように韓流ドラマが作られた。06年の「朱蒙(チュモン)」は、高句麗の初代王が漢と戦う姿を描いて大ヒット。最終回の視聴率は約52%にも跳ね上がった。

 07年の「太王四神記(たいおうしじんき)」では、「冬のソナタ」のあのヨン様が、高句麗の領土を中国東北部に広げた広開土王を演じて、民族の誇りをアピールした。神話色の濃いドラマとはいえ、中国は問題視。マスコミが一斉に攻撃し、香港も含めて放送禁止の処置が取られた。

 中国の歴史は周辺の民族との摩擦の繰り返しだ。攻め込まれ、占領され、逆にのみ込んで、広大な領土を形づくった。したがって国境や民族が絡む話は、遠い昔であろうと政治につながる。歴史上の人物も評価が変わるのは日常茶飯事だ。

 02年、中国の教育部が新しい高校歴史の教科書と指導要領を出版した際、騒ぎが起きた。12世紀の岳飛を「民族的英雄」と呼ぶのをやめるとしたことなどが、猛反発を買ったのだ。

 岳飛は南宋の武将で、北方の女真族の金朝と戦った。岳飛は宰相の秦檜(しんかい)に名声をねたまれて殺されたが、後に三国時代の関羽と並ぶ人気者になった。悪役になった秦檜とその妻は岳飛の墓前にひざまずく像が作られ、衛生上好ましくないと禁じられるまで、参拝者は唾をはきかけていた。

 そんな岳飛の英雄視をやめることにしたのは、中国が多民族国家である以上、過去とはいえ少数民族を敵視するのは団結に差し障るため。岳飛が戦ったのは内戦ということにした。

 ところがネット上で非難が噴出、指導要領の筆者は売国奴とののしられた。教育部は岳飛が漢族の民族的英雄であるのを否定しないと弁明。混乱は収まった。

 中国出身の王柯(おうか)神戸大教授はこの騒ぎについて、多くの漢族、特にネット世代の若者が「中国は漢民族国家と考え、あるいは勘違いしていること」によって起きたとする。(岩波新書「多民族国家 中国」)

 そんな不満を鎮めるかのように岳飛はドラマ化され日本にも上陸した。舞台裏はドラマ以上に複雑なのである。 (特別編集委員・上別府保慶)

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