「ただ一人でもいい」観客と生身の交流を 公演再開した俳優の思い

西日本新聞 文化面 平原 奈央子

コロナ禍を生きる

 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が解除された7月初め。劇場の灯が消えていた東京・下北沢で、いち早く公演を再開した劇団「燐光群(りんこうぐん)」(坂手洋二さん主宰)の舞台「天神さまのほそみち」は話題を呼んだ。

 俳優の杉山英之さん(43)=北九州市出身=にとっても3カ月ぶりの舞台だった。客席は密集を避けほぼ1席とびで間隔を空けた制限入場。それでも、観客一人一人からマスク越しに熱気が迫ってきた。「見るからに舞台の再開を待ち望んでいた方ばかり。ありがたかったですね。うすら寒かったらどうしよう、と思っていましたから」

 無観客で動画配信を進める劇団が相次ぐ中、観客と生(なま)でつながる手応えを痛感した杉山さんの演技は、熱を帯びていた。

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 「天神さまのほそみち」は今年3月に死去した劇作家・別役実さんの不条理劇。杉山さんは縁日のテキ屋同士のもめ事に巻き込まれる青年ヨシオを演じた。

 争いのさなかに謎の男が繰り返し現れては意味不明の言葉を繰り返す。

 <あなたの家の前を、虎が通りましたか>

 <いいえ>

 <いいえ、と言って通ったんですね>…

 真面目なヨシオは焦りといらだちを募らせ、謎の男を刺してしまう。不可解な現実に翻弄(ほんろう)され右往左往する危うさは、今の世界に通じる。「誰もが自分の道理を持っているけれど、他人とかみ合わない。何でそうなるのか? と稽古でもかなり議論しました」

 前作の千秋楽を3月末に何とか迎えた後、梅雨時に稽古した。マスクをつけた汗だくの稽古には「いつ公演が中止になるだろう」と不安がつきまとった。

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 「燐光群」は1983年に坂手さんらが旗揚げ。戦争や天皇制、沖縄シリーズなど社会問題を実験的な手法で舞台化してきた。

 杉山さんは2002年、燐光群の代表作のひとつ「屋根裏」の初演を見て衝撃を受けた。高校中退後、演劇の専門学校を経て「演劇集団円」の養成所に通っていたころ。たった一畳の空間で芝居を繰り広げる「屋根裏」の斬新さに度肝を抜かれ、航空事故時のコックピットを忠実に描いた「CVR チャーリー・ビクター・ロミオ」の画期的な演出にもしびれた。

 燐光群の研修生に志願して劇団倉庫の引っ越し手伝いから始めた。先輩団員たちは強烈な個性の持ち主ばかり。「必死に生きる雑多な人たちが、持っている物が違うままで舞台を作っている」と、劇団の自由な気風が肌に合った。少年時代から「本当にやりたいことをしたい」と思い続け、ようやく納得できる道と場所が定まった。25歳になっていた。

 父は裁判官の杉山正士さん。熊本地裁がハンセン病訴訟で国の責任を認めた「杉山判決」で知られる。家で仕事の話をしたことはなかったが、2015年にハンセン病をテーマにした舞台「お召し列車」に出演した際、正士さんに裁判当時について尋ねた。父が現場に通い、自分の目で見つめ、考え抜いていたことを初めて知った。

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 今回のコロナ禍で、演劇界では公演中止や稽古の中断のほか、閉鎖する小劇場も出てきた。陳情活動の成果もあり、国は文化庁の「緊急総合支援パッケージ」や経産省の「コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金」など支援策を提示したが、現場の要請とずれている部分も少なくない。

 役者の多くがそうであるように、杉山さんもアルバイトをしながら演劇を続ける。コロナ禍でバイトの仕事は減り生活基盤が揺らいでいる。一方で、「表現することは生きていく上で本能的に必要」との思いがむくむくと湧き起こった。

 「役者と観客が一緒に舞台で起きていることを経験することが芝居」だと信じる。「不要不急」とされ、他の業種よりも早くから自粛を要請された演劇だが、自分も含め「演劇が必要な人」がいる限り、演じ続けるつもりだ。

 「ただ一人でもいいから、見てほしい」

 人と人の生身の交流という演劇の原点をいまこそ尊く思いながら、11月に控えた次作の準備に入っている。 (平原奈央子)

 ◇燐光群公演「拝啓天皇陛下様 前略総理大臣様」 11月13~22日、東京都杉並区の「座・高円寺1」。一般4200円、学生2000円など。10月25日から発売開始(事前申し込みで予約割引あり)。燐光群=03(3426)6294。

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