ほっとする光で港を照らし120年 3代目の灯台守「命ある限り」続ける

西日本新聞 大分・日田玖珠版 井中 恵仁

 大分県杵築市の守江港の沖合にある県内最古の航路標識「守江港灯標」が8月、初点灯から120年を迎えた。浅瀬を夜間航行する船舶を安全に導いてきた海の道しるべ。その明かりを絶やすことのないよう、地元の「灯台守」が3世代にわたって見守り続けてきた。

毎日2回、災害時素早く確認

 8月中旬、住吉浜リゾートパーク(同市守江)西端から約100メートル沖合で点滅する赤い光が見えた。高さ約10メートルのレンガ造りの守江港灯標(右舷標識)。夜明け前の暗い海を8秒ごとに照らしていた。「家に帰ってきたとほっとする」。漁を終えて戻ってきた漁師からはそんな声が上がる。

 市によると、守江港は江戸時代に参勤交代の寄港地となり、明治になっても地元の特産品「七島イ」で生産した畳表の出荷などで多くの舟が往来。一方、浅瀬で座礁する船が相次いだことから、当時の奈狩江村が約3450円(現在の約7千万円)を投じて灯標を建設。1900年8月1日、初点灯した。

 今灯標を見守っているのは、海上保安庁から灯火監視協力者に任命された河野純一郎さん(74)=同市守江。約3キロ離れた高台の自宅から毎日朝晩の2回、双眼鏡を通して目を凝らす。亡くなった父基さんから94年に引き継ぎ、祖父道雄さんから数えて96年間、3世代で「灯台守」を務める。幼い頃から2人の仕事を見てきただけに「朝起きたら自然と目がいく」という。

 現在は太陽電池で発光ダイオード(LED)ライトが点灯する灯標も、昔は灯油ランプ。祖父や父は数日ごとに灯油が入った一斗缶を伝馬船で運び、ガラス管に付いた黒いすすを落としてきた。手間暇を掛け、長く愛情が注がれてきた灯標は、河野さんにとって「小さいころから慣れ親しんだおじいちゃんのような存在」。

 台風や地震の後には、誰よりも先に駆けつけ、異常があれば写真付きで報告する。大分海上保安部は「熱心でこまめに連絡をくれる。目が届かないところを責任感を持って見回ってもらっており、非常に助かっている」と信頼を寄せる。

 「よう頑張ったなあ」。120年の労をねぎらう河野さんは「灯標がある限り、私の命がある限り、この天職を続けられたらうれしい」と頬を緩めた。 (井中恵仁)

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