「ここで生きる」集落再生私たちで 熊本豪雨で避難 球磨川沿い住民

 7月の記録的豪雨で被害を受けた熊本県の球磨川中流域は、山間に集落が点在する過疎地だ。住民の多くが避難生活を続け、存続が危ぶまれる集落も少なくない。4日で被災から3カ月。自治体が復旧・復興計画の策定作業を始める中、集落再生に向けた議論を行政任せにせず、住民主体で進める動きが広がり始めている。

 3日昼、球磨川に近い球磨村神瀬(こうのせ)地区の集会施設に住民約30人が集まった。村が住民から復興に向けた要望を聞く懇談会が17日にあるのを前に、地区の意見を集約しようと、危険な斜面や降雨後に水があふれる道路を紙に書き出した。

 地区には球磨川や支流の氾濫で泥が積もった住宅が今も残る。地区の支流沿いにある139世帯のうち、現在も暮らすのは20世帯ほど。大半の住民は避難所や仮設住宅、親戚宅での生活を余儀なくされている。

 「ここを離れる人がいるのは仕方ないが、住民同士のつながりは保ち続けたい」。住民集会「こうのせ再生委員会(仮称)」の発起人の一人で、神照寺の岩崎哲秀住職(46)は危機感を語る。8月末から毎週土曜に集まり、連絡の取れない住民のリストアップや住民でできる復旧作業の確認を進めてきた。

 会議の進行役は、熊本地震(2016年)で被災した西原村の集落再生を支援してきたNPO法人「故郷復興熊本研究所」の佐々木康彦理事長(41)。「行政が示す復興施策がどんなに良くても、ただ従うだけでは納得できない部分が出てくる。住民自ら復興を考えるきっかけになれば」と話す。

 自宅1階の天井付近まで浸水し、人吉市の長女宅に身を寄せる大岩清子さん(75)は、被災当初は集落にはもう住めないと思っていた。会議に参加し、意見を交わすうちに「残り少ない人生、最期はここで過ごしたい気持ちが強くなった」という。

 神瀬地区の下流にある八代市坂本町でも「被災者の生の声を市の復興計画に反映させよう」と、住民自治協議会が8月に復興推進部会(約30人)を立ち上げた。旧小学校8校区ごとに集会を開き、被災当時の状況やこれまでの困り事、どのように復興を進めたいかなどを住民に聞き取り調査。計画策定に向けた市との9月25日の協議で住民の声を伝えた。

 部会は「くらし・コミュニティー再建」「防災」など五つの分科会があり、今後も地域再生に向けた議論を進める。森下政孝部会長(79)は「坂本を復活させるために、地域の意見を吸い上げ続けたい」と語る。

 住民の動きを行政も歓迎する。球磨村ふるさと創生課は「他地域にも広げ、住民と連携しながら地域ごとの計画を作りたい」、八代市復興推進課も「多くの住民の意見を寄せてもらうことで、より実効性のある計画ができる」と期待する。 (村田直隆、中村太郎)

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