『男はつらいよ 寅次郎紙風船』秋月の「婚約」 恋が実る最大の好機

西日本新聞 吉田 昭一郎

フクオカ☆シネマペディア(6)

 日本で最も愛された映画シリーズ「男はつらいよ」。全50作の中で、「フーテンの寅」こと車寅次郎(渥美清)が最も結婚に近づいたのが、第28作「男はつらいよ 寅次郎紙風船」(1981年)ではなかろうか。お相手は亡くなったテキ屋仲間の元妻、光枝(音無美紀子)である。

 光枝が、夫で病床にあったカラスの常(小沢昭一)を看病しながら住んだのが、福岡県の旧城下町・秋月(朝倉市)だった。光枝は筑後川流域を商いながら旅する寅さんと偶然出会い、夫の病を伝える。

 情に厚いのが寅さんだ。後日、秋月にやってきて、常を見舞う。伝統的な町並みや石橋に趣がある町は秋。コスモスが咲き、イチョウが色づいている。病床の常は光枝不在の折を見て「俺が死んだらくさ、あいつ(光枝)ば女房にしてやってくれ」と頼んできた。寅さんは四の五の言わずに請け負ってみせるのである。

 常を亡くした光枝は上京し小さな旅館で働く。光枝が近況を伝えると、寅さんはすぐに会いに行く。慕う光枝といい雰囲気だ。寅さんは毎度のことながら、その気になる。妹さくら(倍賞千恵子)や叔父叔母らに「俺、所帯持つかもしれない」と神妙に相談するのである。いつもより本気そうだ。定職に就こうと就職活動さえ始める。

 生い立ちには似通ったところがある。光枝は親戚宅を転々として育ち、両親の顔をほとんど覚えていない。一時「不良」にもなったという。博多の料理店で働いていて常と親しくなって結婚し、テキ屋の世界を知った。父親と芸者の間に生まれ、中学時代に家出してテキ屋になった寅さんと、心の根っこで響き合うところがあるに違いない。

 常から「死後の再婚の約束」を聞いていた光枝が、寅さんの気持ちを確かめる場面が来る。クライマックスだ。勝負どころだ。行くんだ、寅さん。お似合いじゃないか。光枝は苦労した分、思いやりがありそうだ。行け、行くんだ、と見る側はいつもながら心ひそかに応援する。しかし、結末はまた、いつもながら、ああ…。

 ふと、柿が実る秋月のまちを歩く寅さんの姿を思い返した。熟柿(じゅくし)だっただろうか。山田洋次監督は、いつかは寅さんを結婚させてみようか、と思ったことはあったのだろうか。寅さんだって、である。この秋月の巻は恋を実らせるいいチャンスだったように思われて、とても惜しい。

 まあ、しかしながら、こんな寅さんの声が聞こえてきそうでもある。「それをやっちゃあ、おしまいよ」 (吉田昭一郎)

 ※この企画は毎週月曜の正午に更新しています

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