「生きてるうちが花」の思想

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 映画「男はつらいよ」シリーズは全作が山田洋次監督と思われがちだが、実は第3、第4作は別の監督がメガホンを取っている。

 第3作「男はつらいよ フーテンの寅(とら)」を見ると、確かに山田作品とは少々趣が違う。ラストでは寅さんとフェリーの客が桜島をバックに「けっこう毛だらけ、猫灰だらけ、おまえのケツはクソだらけ」と大合唱する。やや下品、と感じるファンもいるだろう。

 この第3作の監督を務めた森崎東(あずま)さんが7月に92歳で亡くなった。庶民が織りなす人情喜劇を得意とした個性派監督だった。もうずいぶん前になるが、森崎さんの作品について取材したのを思い出した。

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 「女咲かせます」(1987年)は長崎県の旧高島炭鉱を題材にしている。

 松坂慶子さん演じる高島出身の女泥棒が、炭鉱閉山で困窮している島の仲間たちに大仕事を持ちかける。歳末商戦でにぎわう東京のデパートの売り上げを頂こう、というのだ。

 元炭鉱労働者たちはその技術を生かして近くの下水道からデパートのエレベーターまでトンネルを掘る。そして計画を決行するが-というストーリーである。

 原作の小説の舞台は別の地方でトンネル掘りの要素もない。森崎さんは、86年に閉山したばかりで地域や住民の行く末が心配されていた高島に変更した。

 ただ、私は「閉山で苦しむヤマの男が泥棒のためトンネルを掘る」という設定は、高島の住民にやや失礼では、という気がした。

 その点を森崎さんに聞いた。森崎さんは「当時の高島町長に『不快感はないか』と念を押した」と語っていた。町長の答えは「現実に高島に住んでいる人間が閉山で苦しんでいる。どういう形にしろこの現状を全国に知らせてもらえれば本懐だ」だったという。

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 思想に殉じ、礼節を守って滅びていく-という美学もあるだろう。しかし森崎さんが好んだのはその逆で、何があっても生き抜こうとする庶民のバイタリティーだったのではないか。

 森崎さんは後年、インタビューで早世した兄について語っている。抜群の秀才で満州の建国大学に入学、その後海軍航空隊に入隊したが、終戦の日の翌朝、海岸で割腹自殺したという。

 森崎さんの映画にはどこか「理不尽への怒り」が漂う。兄の自殺が森崎さんにもたらした鬱屈(うっくつ)。それが森崎さんに「生き抜くこと」を描かせた原動力だったのかもしれない。

 私が森崎さんに取材したときは、お兄さんのエピソードを知らなかった。そのあたりを深く聞かなかったのが今となっては残念だ。

 森崎さんにはこんなタイトルの映画もある。「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」。まさにこれこそ、森崎さんが伝えたかったメッセージであっただろう。

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 ちなみに森崎さんは長崎県生まれ、高校卒業まで福岡県大牟田市で育った。

 「女咲かせます」には、田中邦衛さん率いるヤマの男たちが、下水道の中でトンネルを掘り始める時、労働歌「がんばろう」を歌いだすシーンがある。炭鉱の町にはなじみ深い歌だ。

 森崎さんは大牟田でこの歌を聞き覚えたのではないか、と想像している。

 (特別論説委員・永田健)

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