中村八大編<482>全米ヒットチャート

西日本新聞 夕刊 田代 俊一郎

 韓国の音楽グループ「BTS(防弾少年団)」の「Dynamite」が8月、米ビルボードのシングルチャートで1位になったことが話題になっている。 

 「上を向いて歩こう」が同チャートで1位になったのは57年前の1963年である。アジア圏からでは初めてだった。作曲の中村八大、作詞の永六輔、歌い手の坂本九も「全米1位」という偉業について当初はピンとこなかった。佐賀市の音楽愛好家の上田恭一郎(70)は次のように話す。

 「当時、一般の人で米国のヒットチャートをリアルタイムで知っている人はほとんどいなかったと思います。後になってその1位というすごさがわかるようになりました」 

 「上を向いて歩こう」の後、これまで「ピンク・レディー」など日本人歌手やバンドが米国に進出して活動、挑戦しているが、この曲を超えることはできなかった。これをみても上田の言う「すごさ」が納得できる。

   ×    × 

 曲作りの固定的なイメージがある。ピアノの前に座って、弾いたり、譜面に書いたり…。中村は「頭の中でつくるから楽器は要らない」と書いている。

 「頭の中で清書して、それを繰り返し反復する(略)一晩寝て、次の日の朝に憶(おぼ)えていれば、それはもう本物だよね。そういう曲でつまらないという曲は少ない」

 このような作曲法で「上を向いて歩こう」も生まれた。世界的にヒットしたことについて永は中村のメロディーを高く評価している。

 「メジャーコードではじまって、マイナーコードが間に入って、またメジャーに戻る。この転調の仕方って、日本の歌にはあまりないんです(略)それがとてもエキゾチックな感じがする」

 「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」との曲名になり、とんでもない訳のレコードも外国で登場した。永は実際に自分で訳してみたこともあった。作詞家として苦々しく思う内容だ。

 <なつかしヨコハマ なつかし芸者ベビー 桜咲く木の下で 芸者ベビーともう一度 二人でスキヤキ食べたい>

 敗戦の荒廃から急激に高度経済成長を遂げていく日本への関心や興味も世界へ伝播(でんぱ)していく背景にはあっただろう。もちろん、中村の秀逸なメロディーがそれを支えたことは言うまでもない。中村が目指すポピュラーソングが誕生した。 

 =敬称略

 (田代俊一郎)

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