【動画あり】核誇る中国「原子城」を訪ねて

西日本新聞 一面国際面 坂本 信博

 56年前の1964年10月16日。開催7日目の東京五輪に日本中が沸く中、中国が初めて核実験に成功した。50年代から秘密裏に原爆と水爆を研究・製造した青海省海北チベット族自治州の核兵器開発基地「国営221工場」。87年の工場閉鎖後、中国政府の指導下で、一帯は核開発の「偉業」をたたえて愛国心を育む「中国原子城(核の町)」として再開発されている。中国唯一の原水爆資料館があると聞き、かつては軍事制限区域として地図にも載らなかった街を訪ねた。                 (青海省海北チベット族自治州で坂本信博)

 「青海原子城国家級愛国主義教育示範基地」。原水爆資料館の正式名称だ。外国人は立ち入り禁止で、館内の写真撮影も不可だった。

 複数の関係者によると、館内には原爆や水爆の実物大模型や核開発に使われた機器の実物を飾り、きのこ雲のモニュメントもある。

 核開発に関する毛沢東ら国家指導者の発言や科学者の偉業を紹介する展示の中で、当時、核開発を必要とした理由について「米国が日本に核ミサイルの発射基地を造ったため」と説明していると聞いて驚いた。

 東西冷戦期の50年代以降、本土復帰前の沖縄に核兵器を配備したことを米国防総省は公式に認めている。60年代初頭には極東ソ連と中国を射程に収めた核巡航ミサイル「メースB」を配備していた。展示の説明はその事実を指すとみられるが、唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えてきたはずの日本が、中国国民には核軍拡のきっかけとして伝えられている格好だ。

 展示は「原水爆を開発しなければ、中国は大国に発展できなかった」と強調。広島と長崎の原爆被害や世界の核兵器廃絶の動きには一切触れていないという。

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