「こんなまけいくさで死ぬのはいやだ」特攻隊員の心情記した冊子寄贈

西日本新聞 大分・日田玖珠版 後藤 潔貴

 戦時中に現在の大分県宇佐市にあった宇佐海軍航空隊(宇佐空)に所属し、神風特攻隊員として戦死した島澄夫さん(享年24)の生涯を記録した冊子「刻」(A4判、80ページ)を、島さんのめい、前田優子さん(64)=神戸市=が宇佐市民図書館に寄贈した。戦後75年がたち、特攻隊員の生の記憶が薄れていく中、「伯父の心情にも迫った内容で、未来ある若者の命が戦争で奪われることを繰り返さないために、多くの人に読んでほしい」と平和への願いを託した。

 島さんは兵庫県立神戸第一中から慶応大に進学。学徒動員で1943年に第14期海軍飛行専修予備学生となり、44年9月には爆撃機の操縦員として宇佐空に配属された。沖縄戦さなかの45年4月16日、特攻隊員として第2国分基地(鹿児島県霧島市)から出撃し、沖縄海域で戦死した。

 「刻」は、母親同士が親友だった穎川(えがわ)良平さん(99)=兵庫県宝塚市=が戦後、島さんを鎮魂しようと島さんの戦友らから聞き取り、2004年にまとめた。前田さんが4年前に穎川さんから譲り受けたという。

 「平素から悠々としており…(涙を流すような)女々しい振る舞いを決してする男ではない…」。冊子では同僚の証言で、特攻隊員としての島さんの一面が浮かび上がる。一方で宇佐空を離れる直前、同郷の親友に「俺は、もうアカン」と涙ぐむ姿を見せたという証言も。死に向かう若者の感情の吐露が、戦争の狂気を想起させる。

 3日に冊子贈呈のために図書館を訪ねた前田さんは「冊子の証言や写真を通じて、特攻隊が単純な美談で語ることができないことに思いをはせてほしい」と贈呈への思いを語った。

 同図書館では25日まで、宇佐空の歩みを第14期海軍飛行専修予備学生の写真などを中心に展示、紹介する終戦75年特別企画展「『雲の墓標』の群像」が開かれている。島さんの写真も展示。その写真裏には、島さんが出撃直前に話した本音とみられるメモが、鉛筆書きで記されている。

 「こんなまけいくさで死ぬのはいやだ」

 (後藤潔貴)

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