新ガリバー旅行記(7) 復讐と客人歓待【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 現地ペシャワル、アフガニスタンの多数派がパシュトー民族で、その数推定二千万人、世界最大の部族社会だと言われる。彼らの日常生活を律する規範が「パシュトゥヌワレイ(パシュトー人の掟)」と呼ばれる不文律である。これは法律以上に拘束力がある。都市部では少しずつ廃(すた)れてきてはいるが、概(おおむ)ね健在である。

 警察が手を抜いておれるのも、これが犯罪の抑止力になっているからだ。いや、正確に言えば、ある種の犯罪については温床を提供しつつも、それなりに安定した社会を保証しているからだ。現在アフガニスタンを支配するタリバン(神学生)軍事勢力が、警察組織なしに比較的少数で治安を維持できるのもこれによる。この掟の骨格と呼べるものが、バダル(復讐)とメルマスティア(客人歓待)である。

 パキスタンの新聞記事は「少年による殺人(ペシャワル発)」というニュースで三面記事を埋めるのに事欠かない。これは大抵が仇(あだ)討ちで、実際的なお咎(とが)めはあまり聞かない。あっぱれだと称賛する向きもある。泥棒は手の切断、婦女暴行は死罪、強盗は撃ち殺してもよい。警察の手を煩わすまでもないので、薄給のお巡りさんは副業に余念が無い。しかし、「これは野蛮な所だ」と勘違いするのは早計で、近代法ではとてもコントロールできないというのが実感である。

 復讐法は徹底しているが、実際には暴力行使に及ぶことは案外少ない。ドシュマン(敵)という言葉は特別なひびきがあって、家同士の代々の抗争を背景にしている。敵と認識されれば、その報復手段は陰湿を極め、路上で背後から狙撃したり、宴席に招いて毒殺という例もあった。しかし、実のところは、こんな憂鬱(ゆううつ)な事態を好む者は少ないので、なるべく敵を作らぬよう立ち回る。客人歓待はその裏返しで、お互いに敵意のない証(あか)しであることもあり、利害のからむ関係を作るためであったり、純粋に好意を表す場合もある。

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