「反対なら異動」を考える

西日本新聞 永田 健

 想像してみてほしい。自分の勤める会社の社長が普段からこんなことを公言する人物であるとしよう。

 「俺の言うことをきかんやつは飛ばす」

 あなたはこの社長を尊敬するだろうか。

 菅義偉政権が発足して1カ月がたった。菅氏は首相就任前から、政府の決定に反対する官僚の処遇について「反対するのであれば異動してもらう」と公言している。言葉は上品だが「言うことをきかんやつは飛ばす」という意味である。

 菅氏の政権運営の根本はこの辺にありそうだ。つまり「人事で冷遇される恐怖を利用して人を動かす」という手法である。この手法は果たして妥当なのか。

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 「反対なら異動」には擁護論もあるだろう。例えば、政権が消費税率の引き下げ(引き上げでもいい)の大方針を決めたとする。それに財務省の官僚が反対し、引き下げのための実務をサボタージュするなら、異動させなければ政策を遂行できない。当然である。

 しかし菅氏のやり方は少し違うようだ。

 15日付の本紙に、菅氏が官房長官時代に推し進めた「ふるさと納税」の問題点を指摘し、その後「通常ではない異動」をさせられた総務省元官僚のインタビューが載っていた。それによれば、この元官僚は決まったことをサボタージュしたわけではない。政策決定の過程で「返礼品競争を過熱させる」とごく当然の懸念を述べただけなのに、左遷される羽目になった。

 元官僚は、総務省の幹部から「人事案を(菅氏のいる)官邸に上げたら、君だけバツが付いてきた」と聞かされたという。

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 現在の焦点となっている学術会議問題も、構図は同じである。菅首相は日本学術会議が推薦した新会員候補のうち6人の任命を拒否した。6人には「過去に政権が推進した安全保障関連法や共謀罪、特定秘密保護法などに異論を唱えた」という共通点がある。

 新会員の任命という人事権を使い、学術会議の議論の方向性を政権の都合の良いようにコントロールしようという意図が透けて見える。学問の世界にまで「人事による支配」を持ち込もうとしているのだろう。

 菅氏は任命拒否の理由を「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動の観点から」とするだけで、まともに説明していない。この「説明しない」という手法も巧妙かつ陰険である。「何をしたら冷遇されるのだろうか」と思わせることで「常にこちらの顔色をうかがって行動させる」ことができるのだ。

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 冒頭の例えに戻る。私が「言うことをきかんやつは飛ばす」と公言するトップを尊敬しない理由は「反対する人間を説得する」というリーダーとして大事な仕事を放棄しているからだ。

 確かにいちいち説得して人を動かすより、最初から人事権をちらつかせて動かした方が効率は良い。しかしイエスマンで固められた組織は時にとんでもない過ちを犯す。決定過程で異論が出ず、政策の負の側面を予測できなくなるのだ。

 菅氏の手法を独裁的と評する向きもあるが、むしろ「横着」という言葉が似合うように思える。やるべきこと(説得)をせず、手間を省くという意味での「横着」である。

 (特別論説委員・永田健)

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