遺伝性疾患の治療応用に期待 ノーベル化学賞の功労者・九大教授に聞く

西日本新聞 医療面 竹中 謙輔

 今年のノーベル化学賞に、生物のゲノム(全遺伝情報)を効率的に改変できる「ゲノム編集」の新手法を開発したエマニュエル・シャルパンティエ氏(51)とジェニファー・ダウドナ氏(56)が選ばれた。2人が発表した「クリスパー・キャス9」と呼ばれる技術は、安全で簡単に遺伝子を切り貼りでき、病気治療への応用が期待される一方、親の期待通りの外見や知能にする「デザイナーベビー」を生み出す懸念もある。34年前にクリスパーを発見し、功労者として注目を集めた九州大大学院農学研究院の石野良純教授(63)に話を聞いた。

 -技術開発の原点には1986年、石野教授が大阪大で大腸菌のDNAを解析していて、特徴的な塩基配列を見つけたことがある。

 「遺伝子はA(アデニン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)の4種類の塩基が1列に並んでいる。大腸菌のゲノムの中に、CGGTTTA…と29塩基を一単位とした配列が5回繰り返されているのを見つけた。何を意味するか全く分からなかったが、87年の論文に『何か意味がある』と書いた」

 「私は別の研究に移ったが、この三十余年、多くの人が私の論文を引いて研究を積み上げてくれた。塩基配列を読み取る技術が向上して、同様の繰り返し配列が他の生物にも存在することが分かり、クリスパーと名付けられた。さらにクリスパーが免疫システムに関係していることも解明され、シャルパンティエ氏ら2人の研究につながった」

 -クリスパー・キャス9とはどんな技術か。

 「もともとヒトの細胞にクリスパーは存在せず、細菌のような原核生物(細胞内に核を持たない生物)に存在する。細胞にウイルスが侵入したときにクリスパー・キャスがウイルスを殺す仕組みを、ゲノム編集に応用したのが2人。ヒトにも使える技術を開発した」

 「はさみの役割を持つキャス9が狙った遺伝子を確実に切る。そこに別の遺伝子を入れて改変する。キャス9は誤った所を切らないよう工夫されていて、安全で効率的。この技術の定着によってゲノム編集はやりやすくなり、基礎研究も格段に進んだ。2人の受賞は予想通りだが、背景には多くの方々の貢献がある」

 -クリスパーという大きな宝を発見しながら、その研究を続けなかった。惜しいという気持ちは。

 「意味の分からないものを解明するのが研究者としての醍醐味(だいごみ)。自分で達成できなかったのは残念だ。しかし私のテーマである古細菌の研究に没頭でき、満足している。最近は私の専門の分子生物学と遺伝子工学のクリスパーが直結するようになり、クリスパーの研究を始めた。まだ分からないことが多く、面白い」

 -ゲノム編集に期待は。

 「特に食と医療の分野でどんどん進むだろう。食分野では肉厚のタイや干ばつに強い小麦が研究されている。従来の遺伝子組み換え食品は、狙った遺伝子以外を改変してしまう恐れがあり、特に日本ではあまり良いイメージを持たれていない。その点、ゲノム編集は狙った遺伝子しか変えないので安全だ」

 「医療分野でも遺伝子変異によって起こる遺伝性疾患の治療に、ゲノム編集が応用できる。海外で50件以上の臨床研究が進む中、日本でも血友病や筋ジストロフィーの治療で臨床研究が始まっている。海外勢にやられっぱなしでは悔しい。日本発の技術が出てくるよう研究環境を整えるべきだ」

 -エイズウイルス(HIV)に感染しないよう遺伝子改変した人間の受精卵から双子が生まれたと中国の研究者が18年に報告。安全性が不確かと非難された。

 「中国からの発表で大騒ぎになったような生殖細胞でのゲノム編集は、各国とも認めていない。またデザイナーベビーは、本来健康に生まれてくるはずの赤ちゃんに、自分の意のままに改変を施すことで、絶対にやってはいけない」

 「ただ、将来、確実に遺伝性疾患を発症するのに他に治療法がないような場合に、遺伝子治療したいというケースもある。その道は完全には閉ざさないでほしい。技術の安全性を高め、暴走しないよう規則を設けて正しい手続きで行えるような環境を期待したい」 (竹中謙輔)

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