新ガリバー旅行記(8) ザル・ザン・ザミーン【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 客人歓待の意図は、こっちで察することが肝要である。卑近なものは「茶でも飲みなさい」という挨拶(あいさつ)に近いことばで、大抵は「今飲んだところです」、または「急ぎますから」と断る。さしずめ「京都のお茶漬け」と考えて間違いない。長話の末に「さて、お茶でも」というのは「そろそろお帰りの時間ではないですか」という婉曲(えんきょく)表現であって、ここでどっかりと尻(しり)をすえて厚意に甘えようとすれば、内心「気の利かぬ奴だ」と嫌われる。逆に純粋の好意だと思える場合は、断ると敵意があると思われる。

 そこで臨機応変に対応すべきだが、その状況と相手の態度で察しはつく。現地の人々が年齢のわりに人間関係を円滑に保つ社交術に長(た)けているのは、幼少のころから復讐(ふくしゅう)の恐ろしさや、客の喜ばせ方を身近に見ながら付き合い方を習得してゆくからなのだろう。

 敵を作る原因は有名で、ザル(金)・ザン(女)・ザミーン(土地)という。現地の人々は概(おおむ)ね気の良い連中が多いが、こと金や女の問題になると豹変(ひょうへん)する。一九八九年に旧ソ連軍が撤退し始めてアフガン戦争に終結の希望が出てきたとき、「アフガン難民帰還援助」に全世界から押しかけた国際団体が約三百。二百億ドル以上が使われた。実はこれで帰還した難民は皆無に近かった。それどころか、当時大流行した欧米フェミニズムの嵐(あらし)が押しかけ、「女性の権利」を主張する団体が「女性のための〇〇計画」を次々と始めた。おまけに、現地の人々が聞くと目の玉が飛び出る額の金が湯水のように垂れ流された。私の個人的な感想は「そっとしておけばよいのに。金と女性の問題さえ出さなければ良い人たちなのだから」であった。案の定、プロジェクトは甚だしい悪評が立った上、二年後には難民の略奪に遭いほぼ壊滅した。

 確かに地位の低い女性に何とかして上げようとする気持ちも分からぬではないが、金と女は微妙な問題がつきまとう。だが、日本でいろんな犯罪をみると「ザル・ザン・ザミーン」は人間の欲望が集中する普遍的要素である。現地は、そのことをあらわにしているだけである。

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