あの日、何を報じたか1945/10/21【闇値・たちまちがた落ち 福岡市に公認の自由市場】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈闇市場で賑わっていた福岡市天神町の焼け跡に二十日突然、公認の自由市場が出現し、闇商人をすっかりあわてさせた-この天下晴れての自由市場は長崎県壱岐から博多港に入荷した甘藷一万貫を福岡市の甘藷加工組合が一手に引き受け蒸し藷にした上、にわか仕立ての露店をつくり、正真正銘の公定価八十匁(※約300グラム)一包みが二十銭という大安値で売り出したものだ〉

 終戦後、福岡市・天神にできた「公認の自由市場」。配給でも非合法でもない存在は大きな話題になったようだ。記事は市民の熱気と、打撃を受けたヤミ市の売り手の姿を対照的に伝えている。

 〈これが跳梁する大闇にあえいでいた市民の人気をさらったのは言うまでもなく、わずか二時間で七千人という客をさばいたが、泡を食ったのは、いつもと同じぼろい儲けを夢見て集まった闇商人たちだ〉

 記事に添えられた写真には、〈蒸藷(長崎県産)御一人様一包み限りに願います〉と書かれた客への案内板が写っている。

 〈例の調子で辺りを見回しつつ、包みを開いて店を広げたものの一山五、六円という法外な高値は見向きもされず、ついに一、二円と段々値下がりを生じ、大体一円内外というところに落ち着いてしまった。おそらく原価に近い値段なのだろう〉

 〈この値段に落ちてからやっと隣の○公(※紙面では○の中に「公」の印)買いの行列を嫌がる客がぼつぼつ集まってきたが、この現象は統制好みのお役所が「統制を解除すれば価格が暴騰する」と恐れていることに重要な示唆を与えるものであろう〉

 「○公(まるこう)」は政府による価格統制のため公定価格で販売された物品に付けられたマーク。記事は節度ある自由な商取引を提唱しているが、現実はこの後も物価の上昇は進み、物資不足は続いた。

   ◇    ◇

 〈〉の部分は当時の記事から引用。できるだけ原文のまま掲載。

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