「僕のせりふは“子どもだらけ”だった」受け止めきれなかった妻の夢

西日本新聞

復刻連載・夫婦でいる理由(わけ)<3>

 「ライターの仕事なら、家でもやれるじゃないか」

 「もっと本腰を入れてやってみたいの。事務所を構えて仲間と雑誌を作りたい」

 「この不況下で、新しい会社を興すなんてばくちだよ。家庭もあるんだし」

 「私たちには子どもがいない。あなたさえ我慢してくれれば何とか…」

 「じゃあ子どもは産まないつもりなのか。もうお互い35歳だぞ」

    ×   ×

 福岡市内の印刷会社に勤める秋彦さん(36)と妻が昨年春に交わした会話だ。

 8年連れ添った妻は、会社員時代からライター志望だった。結婚後、本格的に勉強したいというので、通信教育の月謝を払い、夢の実現に力を貸した。取引のある会社から、広報紙に文章を書く仕事をとってきたこともあった。

 「30歳までは子どもをつくらない。一人前のライターになるまで待って」という申し出も受け入れた。「すぐにでも子どもが欲しい」という思いをこらえ、最初の3年間は避妊に協力した。

 自分の書いた文章がお金になり出すと、妻はさらに意欲を燃やした。約束の30歳を過ぎて避妊はしなくなったが、セックスの間隔は、2、3カ月に一度と少しずつ長くなっていった。

    ×   ×

 「子どもはいらない。やりたいことができなくなる」

 「子どもを育ててからでも遅くはないだろう」

 「遅いわ。それまでの実績がゼロになっちゃう」

 「育児には協力する。できる範囲でやってくれよ」

 「子どもがいないディンクスだって、いるじゃない」

 「それじゃあ籍を入れた意味がないじゃないか」

 「自立したいの。あなたに頼ってばかりいられない」

 「夫婦なんだから、頼ってもいいだろう」

    ×   ×

 言い争いの日々が続き、2週間後、妻は実家に帰った。数日後、手紙が届いた。ライターになるまで協力してくれたことへの感謝の思いがつづられていた。そして最後に「あなたの子どもを産んであげられなくて、ごめんなさい」と書いてあった。

 すぐに電話を入れた。

    ×   ×

 「子どもをあきらめてたら別れなくて済んだかなあ」

 「分からないわ」

 「子どもがいたら、かすがいになったかなあ」

 「分からない」

 「子ども、本当は欲しくなかったの?」

    ×   ×

 突然、電話は切れた。ガチャンという強い音を聞いた瞬間、後悔が猛烈な勢いで襲ってきた。「僕のせりふは“子どもだらけ”だった。本当は、ライターも主婦のお遊びくらいにしか思ってなかったんです。妻の夢を真剣に受け止めていなかったのかもしれない」。受話器を持ったまま、立ちつくすしかなかった。(文中仮名)

 この記事は1999年3月30日付で、文中の年齢、肩書、名称などの情報はすべて掲載当時のものです。

    ◇    ◇

 21世紀に入って20年が過ぎた。この間、女性の社会進出が進み、男女の関係も変化したように見える。では、夫婦のカタチは…。1999年の連載「夫婦でいる理由(わけ)」を読み返してみると、その答えが見えてくる。

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