私は一体どうなっていくのか【壱行の歌 認知症を描く】

西日本新聞 医療面

若年性認知症当事者・福田人志さん寄稿(2)

 仕事に行けない。自分が怖い…。

 2014年7月に若年性アルツハイマー型認知症と診断される直前のことです。私は仕事でミスが続いたストレスから、気持ちがふさぎ込み、無気力になっていきました。いわゆる抑うつ状態です。

 救いを求めて精神科を受診しました。家族と一緒にもう一度来るように医師に言われましたが、私には通院に付き添ってくれるような家族はいません。思い悩んだ末に、中倉美智子さんに相談しました。中倉さんは陶磁器などの焼き物に精通していて、いつも器を選ぶときに協力してもらっていました。将来は、すてきな器をそろえた和食店を2人で共同経営する計画も立てていました。

 中倉さんに同行してもらって再度受診。薬を処方してもらえば良くなるはず、と安易に考えていたのですが、医師に「念のため、画像を撮ってみましょう」と言われました。大きな病院に紹介状を持って行ったところ、検査入院することになりました。予想外の展開に「なんでだろう。精神科なんて行かなければよかった」と後悔しました。

 脳の画像撮影などさまざまな検査が連日続きました。緊張感で口は乾き、自分がどうなっていくのか分からず不安で体調も狂いました。無機質な病室にも慣れません。そんな私に、よく声を掛けてくれた若い看護師さんがいました。笑顔がすてきで優しい彼女に会うと気持ちが安らぎます。不安がよぎるたびに、私はナースコールでその看護師さんを呼んでいました。

 検査の結果もなかなか知らされないまま、退院が迫ったある日、いつものようにその看護師さんを呼ぶと、見知らぬ年配の看護師さんが来られて、にっこり。「ナースコール、指名制ではありません」

 夜、こっそりとメモ帳にその言葉を記したのでした。

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 ふくだ・ひとし 1962年、山口県岩国市生まれ。2014年、51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。15年に「認知症サポート壱行の会」設立。長崎県認知症疾患医療センターに相談員として勤務する傍ら、当事者による全国組織「日本認知症本人ワーキンググループ」理事として政策提言もしている。

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