皆の前から消えてしまいたい【壱行の歌 認知症を描く】

西日本新聞 医療面

若年性認知症当事者・福田人志さん寄稿(3)

 精神的に参って大きな病院に検査入院し、気が晴れないまま退院日を迎えました。2014年の7月末。清らかなアジサイが終わり、元気のいいヒマワリが病院の玄関を飾っていました。

 付添いの中倉美智子さんと一緒に、担当医が待つ暗くて広い診察室へ向かいました。

 担当医はパソコン画面でこの10日間の「戦果」を示します。私は自分の脳の画像を食い入るように見つめました。

 担当医はゆっくりとした口調で説明し始めました。脳全体の仕組みから始まり、海馬、脳血流、そして萎縮。初めて聞く言葉ばかりでした。他の検査も含めて、どれも良くない結果ばかりでした。

 「福田さん、あなたは若年性アルツハイマー型認知症ですよ」。このときの担当医の大きな目と声は、今でも記憶に残っています。

 「そんな病名があるんだ。どこかで聞いた気もするけど。だから最近、僕は変だったんだ」。答えが出て悲しいというより、ほっとしたのを覚えています。そして心にぽっかりと穴が開いたようでした。担当医の声がだんだん遠のきます。頭が真っ白になったまま、大輪のヒマワリに見送られて病院を後にしました。

 「僕がなぜ」「僕はどうしたら」。二つの疑問が頭の中をずっとぐるぐる回って、1週間たっても消えません。「若年性アルツハイマー型認知症」。長く、好きになれないこの病名を何度もパソコンに打ち込み、調べました。さらに本屋さんでも読みあさりましたが、どれだけ読んでも答えはみんな決まっていたのです。「治らない」

 仕事ができなくなる。生活ができなくなる。何もかもなくしてしまう。私は完全に打ちのめされ、みんなの前から消えたいと思いました。長崎・雲仙の小地獄の霧を身にまとえたら、怖さも消えて楽になれるような気がしたのです。

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 ふくだ・ひとし 1962年、山口県岩国市生まれ。2014年、51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断される。15年に「認知症サポート壱行の会」設立。長崎県認知症疾患医療センターに相談員として勤務する傍ら、当事者による全国組織「日本認知症本人ワーキンググループ」理事として政策提言もしている。

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