新ガリバー旅行記(14) 沈黙と啓示【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 やあ、懐かしい光景だ。ペシャワルから一時間半、カイバル峠・トルハム国境を越えたのは、今年の六月、実に四年半ぶりのことだった。一九九六年のタリバン軍事勢力の支配以後、まる四年間ペシャワルの基地病院の立ち上げに忙殺されていた私は、アフガニスタンを訪れることができなかったのである。

 見渡す限りの茶褐色の荒涼たる岩石沙漠である。ここからジャララバードまで約二時間、荒れ果てたでこぼこのハイウエーを突っ走る。摂氏五〇度、酷暑である。熱風が容赦なく自動車に吹きつける。

 沙漠は美しい。生命の面影の一片も止めない世界は、人間同士の確執に疲れた者にとって、一切の虚飾や虚偽を寄せつけぬ清らかさを感じさせる。かつて、アフガン戦争中に我々を威嚇した戦車はボロボロに錆(さ)びて鉄屑(くず)と化し、その後の「カブール避難民救援」のテントの群れも、賑々(にぎにぎ)しい外国NGOの「〇〇プロジェクト」の膨大な看板も、全(すべ)てを瓦礫(がれき)の山に風化させて葬り去る。

 熱風に煽(あお)られながら、私が滞在した十六年の歳月を、人の営みのはかなさとともに回顧せざるを得なかった。熱砂の中央アジアから峠を越えたであろう幾多の征服者たち、難民、隊商、文明の興隆と没落…。気の遠くなるような昔から、この路傍の岩石は人間の絶望と希望、征服と野望、愚かな人間たちの無数の盲目的乱舞を見てきたであろう。

 岩石たちは黙して語らない。しかし、現代に信ずるに足る啓示というものがあるとすれば、この巌の沈黙こそが、ひとつの確実なメッセージである。一九八四年に赴任して以来、これは私の変わらぬ実感であった。ものみなが幻のごとく、全ては過ぎ去る。それでも残るものは何であろう。私たちは、この実感のうえに何かを築こうとしてきた。そして、この十六年の闘争の意味を反芻(はんすう)しようとする。でも、沙漠を一望すれば、このような想念さえ霧消して楽天的になる。

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