新ガリバー旅行記(18) 強盗物語【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 一九九五年八月、クナール河上流の診療所に職員と物資を輸送中、ジープ二台が強奪されたことがある。武装した十一人の賊が運転手の首にライフルの銃口を押し当て、「車のカギをよこすか、命をよこすか」と脅した。その時運転手は少しもあわてず、「どちらにいたしましょう」。もちろん、カギを渡させたことは言うまでもない。私は日本側の悪印象を恐れて、しばらく話を伏せておいた。

 この強盗団の首謀者が、何とダラエ・ピーチ診療所から徒歩一時間ほどの村の指導者。怒り狂ったわが職員の一人が復讐(ふくしゅう)を誓って私設検問所を設け、首謀者は身動きできなくなった。車両はその後、はるか離れたアフガニスタンの首都カブールの近くで見つかり、一年半後、我々の手中に帰った。その経過は推理小説まがいの面白い話だが割愛する。もっと面白いのは、その結末である。賊はその後、診療所職員から何時(いつ)襲撃されるかと戦々恐々、家に閉じこもっていた。実際に彼の家を襲撃する計画を立てた職員がいたので、私がこれを抑えて根比べの持久戦に持ち込んだ。それから二年たち、三年たち、診療所への信頼感が確立すると、賊は地域住民から白眼視されるようになり、彼の名誉は失われた。この地では「名誉」の失墜が最大の恥辱であるから、我々は十分な復讐を果たしたことになる。

 今では彼も病気になると、わが診療所で手厚く治療される。この村の下流までタリバンが進駐して上流のヌーリスタン山岳民族との緩衝地帯になっている。タリバンは犯罪者の処分に容赦ないから、賊の方は告発されないよう、我々と友好関係を保つのに余念が無い。日本でこんな話をすると信じてもらえないが、実話である。

 要は負けるが勝ち、気短にならぬことだ。最近日本では、つまらぬことで殺傷ざたが頻繁に起きるという。警察がだめになったからだという報道も耳にしたが、こちらから見ると、日本人が未熟になってきたからだ。情報の洪水で大事なことと大事でないことが分からなくなり、地についた人の関係が希薄になったのではないかと想像している。

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