新ガリバー旅行記(19) 旱魃と赤痢の流行【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 今夏のアフガニスタン東部の旱魃(かんばつ)は予想をはるかに超えるものである。アフガニスタンとパキスタン北部は、「沙漠と氷雪の国」で、水源は夏に溶け出すヒンズークシ山脈の氷雪である。険峻(けんしゆん)な山岳地帯は、巨大な貯水槽の役目を果たしている。

 夏の水量は、冬季の積雪量に比例する。ところが今年は積雪が異常に少なく、ちっとも水量が増えない。例えば、診療所のあるダラエ・ヌール渓谷は、例年なら豊かな水田が広がり、多くの人口を抱えてきた。それが、どの川もからからに干上がっている。田植えの時期だというのに、水田は例年の二、三割以下、長老たちも「こんな旱魃は経験がない」という。飢饉(ききん)は確実視されている。

 医療に携わる我々にとって、深刻なのが飲料水の欠乏である。井戸の底に残るわずかな泥水では、衛生も何もない。赤痢が大流行、主に子供たちがひどい脱水症とマラスムスという栄養失調で次々と落命している。診療所に押し寄せる患者が一日二百五十名、半数以上が下痢症である。WHO(世界保健機関)の地区委員会では危機的に受け止め、地元責任者は「まず生存が第一だ。これにコレラが直撃すれば身が凍る」と明快に述べた。この緊迫性は伝わりにくい。診察所に半日掛かりで歩いてきて、病気の子が待ち時間の間に死んでゆく事態を想像していただきたい。第一線の我々が実情を訴えても、関連国際団体のオフィスは書類整理だけに追われて、現実感がないらしい。

 誰もやらねば我々がやる。ペシャワール会は早速、診療所近辺の数カ村で深井戸の試掘を始めた。既に放棄された廃村が多数ある。必要なのはお喋(しゃべ)りではなく、実弾である。現地の我々は、飲料水確保に全精力をつぎ込む。水は命である。これはもう、ひとつの戦争である。帰国したとき、「あなたの善意で多くの子供たちが救われます」という某国際団体の美しいパンフレットが無性に癪(しゃく)にさわり、寒々とした気持ちになった。

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