新ガリバー旅行記(21) 日本人ワーカー【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 一九八九年ごろから事業規模の拡大とともに、ペシャワール会は日本人ワーカーを送り続けてきた。最近でこそ安定したが、初めのころは悪戦苦闘。苦杯をなめさせられた。「ボランティア」という言葉があまりに安直、来る方は「行きさえすれば何とかなる」と、ことばも出来ないのに日本を出る。当方では「ものになるまで数年、それから使える」と考えるが、どうも日本の僻地(へきち)に赴くていどの感覚で転がり込まれるから困る。

 日本人が働きにくい点において、おそらく現地は世界でも屈指の部類に入る。まず、言葉を含む意志疎通の問題がある。現地は英語、パシュトー語、ペルシャ語、ウルドゥ語と、主要言語だけで四つある。言葉だけでなく、習慣も著しく異なる。特に女性は気軽に外に出れない。現地は全体が男性寮のような社会だから、行動を慎まぬととんでもないことになる。例えば、異性に対して気軽に愛想をふりまいたり、握手するだけで、十分な風紀紊乱(びんらん)になる。現地では、恋愛関係以外の男女の仲があり得ないのである。逆もまたしかり、男である私も現地の妙齢の女性を診る時は神経を使う。因(ちなみ)に、売春・姦通(かんつう)は死罪である。

 第二に、厳しい自然条件と社会環境、特に大家族の封建的序列で育ってきた者と、一般日本人とでは成熟度がちがう。復讐(ふくしゆう)法については既に述べたが、敵を作らぬおおらかな社交性・忍耐力がないと現地では生き延びれない。長上を立てる心くばりも要る。

 かといって、これらがみな、異文化によるものかと云(い)えば、必ずしもそうではない。異質だと感ずるものの中には、かつて日本でもあったものが多い。世代の差としか思えない場合がある。つまり、我(わ)が国で対人関係のあり方が変化して理解できなくなったのだろうと私は思っている。現地社会に「個人」はない。「ある集団の成員としての自分」が優先する。いずれが良いのか私には分からない。しかし、お年寄りに対する尊敬、親孝行、親族への配慮、これらでさえ「古い社会の遺物」として葬り去るのは抵抗がある。

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