新ガリバー旅行記(22) 日本人同士の摩擦【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 日本人ワーカーが体験する悩みの一つに、日本人同士の摩擦がある。これは、夫婦喧嘩(げんか)や兄弟喧嘩に似ていて、密閉された空間で長いこと同居するものの宿命である。山岳会でさえ、里で仲良しの者が、長いテント生活で必ずいさかいを起こす。あまりに近しいために、互いの欠点を虫メガネでのぞくような事態となり、嫌気がさしてくるのである。日本から遠く離れ、気軽に息抜く場所がない。そこで欠点覗(のぞ)きの虫メガネはさらに大きくなる。

 何ゆえか、たいていの者が精神的におかしくなる。ペシャワルに赴任して発狂した日本人国連職員もいた。ペシャワール会でも、現地でトラブルを起こしたり、妄想状態に陥って帰国させたケースが少なくなかった。精神病状態の特徴は病識がないことである。説得は無効である。そこで当方としては帰国を命令せざるを得ない。でなければ、皆が共倒れになるからである。それが、不思議に帰ればけろりと直るので、日本側では帰された理由が分からない。結果は、現地の我々のせいにされることが一再でなかった。話が脱線するが、不都合なことを目の前にいない第三者のせいにするのも、人間の悪い癖というか、普遍的な病理である。「中村先生が厳しすぎる」と言うことになって落ち着けばまだよいが、残った古参ワーカーの非難に及ぶ。その理由づけがまた、人を納得させやすい。非難される方は理不尽さに対して不信をもつ。この調整がまた容易ではないのである。

 焦るわりに職場に適応できない、見慣れぬ風俗習慣に戸惑う、密閉状態に心のバランスを失う、ということもあろうが、それだけとも言い切れない。同じ条件下で、楽しく行動できる者も珍しくないからだ。つまり、本人の適性ということになるが、先に挙げた「日本のムジャヘディン(反政府ゲリラ)」Tさんが良い例だろう。要は、月並みだが、健全な心身、己を知る自省心、自己防衛をかなぐりすてた捨て身の楽観性、無欲な目的意識、ということになるが、これまた容易でない。かくて内憂はつづく。「ワーカー問題」もまた、人間の病理に根差すがゆえに、永遠のテーマだといえた。

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