「コロナ鎮めて…」増田敬太郎巡査の山車 佐賀城跡に展示

西日本新聞 佐賀版 野村 創

 明治時代に現在の佐賀県唐津市肥前町高串地区でコレラ撲滅に尽力し、自らも感染して亡くなった増田敬太郎巡査の山車が23日夕~25日に佐賀市の佐賀城跡鯱(しゃち)の門前に展示される。新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう中、増田巡査の功績に着目した県が「さが維新まつり」(24日)に合わせて展示を依頼した。22日に町内で出発祭があり、山車が運び出された。

 増田巡査は1895年、コレラが大流行していた高串に派遣され、不眠不休で患者の隔離や遺体の埋葬に奔走。自らも感染し、25歳の若さで亡くなった。その後、コレラが収まったことから住民は神様としてたたえ、白馬にまたがった増田巡査の山車(高さ約5メートル)を制作。山車は命日の7月26日前後に毎年、巡査を祭る増田神社の夏祭りで地域を練り歩いている。

 コロナの影響で今年の夏祭りは中止されたが、住民たちは維新まつりに備え、約3週間かけて白馬の汚れを落としたり、巡査の服を新調したりしたという。

 出発祭は山車を収める倉庫で開催。増田神社の神職や住民十数人が出席し、「コレラの災いを取り除いたようにコロナウイルスも鎮めてください」と祈願した。その後、山車をトラックに載せて運び出した。

 今年の維新まつりは「佐賀から日本の医療に新たな風を吹き込んだ偉人たち」がテーマ。24日は医療関係者たちが、近代西洋医学の父と呼ばれる伊東玄朴らに扮(ふん)し、鯱の門前から会場内を練り歩く。

 高串区自治会副会長の川口卓郎さん(71)は「増田巡査が近代医療の先駆者たちと同等の評価を受けられ、うれしいし、意義深い。維新まつりで多くの人にお参りしてもらうことで、一日も早いコロナの収束につながれば」と期待した。

 (野村創)

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