新ガリバー旅行記(23) 浄財と職員の生活【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 私たちをがっかりさせるものの一つに、現地職員との金をめぐるやりとりがある。私たちペシャワール会のようなNGOでは特に著しい。これはどうも宿命的なものである。募金という「浄財」を使う側は心のどこかで損得ぬきの協力を期待するし、それがまた、募金者を動かしているからだ。しかし、現地職員の方は違う。彼らは生活者でもある。一ルピーにも目をつり上げ、家族の生活を支えなければならない。「損得ぬき」はあり得ないように一見思える。

 ペシャワール会は、ハンセン病などの障害をかかえる患者のケア、山村無医地区のモデル診療体制確立をめざし、現在七十床の病院を基地に、アフガニスタン・パキスタンにまたがる山岳地帯に五つの診療所を持ち、職員百五十名で年間十五万人以上の診療を行う。しかも、十五年を経て第一期を完了、次の三十年を第二期として巨大なヒンズークシ山脈に挑もうというのだから、先の長い話である。海外協力NGOの計画としては、世界屈指の部類に入る。救急医療援助のような場合と異なり、半ば土着化して土地の人々との長い付き合いを基礎にしないと続かない。

 職員の生活の安定も必須(ひっす)である。日本側では、つい「美しい」動機を押し付けたくなるが、それでは恩着せがましく、何よりもえげつない。公務員に「国民の血税で生活している」という意識を強要するのと同じである。人間はそれほど強いものではない。人様の金で生きさせてもらってると過度に意識すると、窮屈になって長続きしないからだ。逆に、「カネにきれい・汚いがあるものか」と開き直るのも、何か大切なものが汚される気がして、これまた、どこか面白くない。実際国連のプロジェクトなどは、予算の大半が職員の給与に消える。これは許せない。

 ある商社の人に尋ねたら「連中がそんな人道的な動機で働くものか」とせせら笑った。そう断定されると何かしらむっとする。募金者の善意と現実的な職員の生活保障。この両者の調整は、常に悩みであった。

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