新ガリバー旅行記(25) 誰も行かぬから【中村哲医師寄稿】

西日本新聞

 <2000年7~8月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載随筆「新ガリバー旅行記」(全50回)>

 「誰(だれ)もがそこへ行かぬから、我々(われわれ)がゆく。誰もしないから、我々がする」。この言葉は、今やPMS(ペシャワール会医療サービス)の合言葉となったが、決して私の発案ではなく、実は出典がある。私がまだ若いころ読んだ「後世への最大遺物」(内村鑑三)という著作の中で、米国のある女学校の設立者、メリー・ライオン女史の創立精神を紹介した条(くだり)である。私は内村の信奉者ではないが、この言葉だけは、まるでコタツの火種のように、心の奥から自分を暖める力となっているようだ。時流に迎合するだけの人生はつまらない。

 同著の中で内村は述べる。「私たちの生かされたこの世界に、何かお礼を置いて逝きたいというのは清らかな欲望である。さて、何を遺(のこ)すか。先(ま)ずカネがある。カネを卑しんではいけない。カネによって善い事業を起こせる。諸君、よろしくカネを作るべし。そこで、或(あ)る人々にはカネは作れないが、事業を遺すことができる。農業を興し、日本を緑あふれる楽園とせよ。だが、カネも事業も才能に恵まれなければ、文筆を以(もつ)て精神を遺せる。今できぬ戦を将来に託せる」

 こう説き及んだ末に、内村は結論する。「ではカネも、事業も、文筆も、いずれの才にも恵まれぬ場合はどうしたらよいか。ここに誰にもできて、誰にも真似(まね)できぬ最大の遺物がある。それは、諸君の生き方そのものである。置かれた時と所で、諸君が生きた軌跡が人々の励ましや慰めとなることである」

 「不敬事件」で公職追放になった直後の内村は、同時代に「足尾鉱毒事件」の犠牲者救済に一生を費やした田中正造と同様、時の不条理に挑戦して止まなかった。日本人の感性がまだはつらつと生きていた時代である。一世紀を経て、しかもペシャワルという異郷の人々にさえ、鮮やかな共感を呼ぶ。戦時中は誤用されたが、これが真の「大和魂」というものであろう。PMS病院にひるがえる日章旗は、法律で定めなくとも私たちが自発的に掲げたものである。

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